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レッドリボン〜前編〜(静正)
※モブ正の生温い裏があります。





凄い幸せだった。幸せ過ぎて怖いくらいだった。

「紀田、好きだ。」
「ふぇ……?」

この街に来て暫く経った頃に知り合った街の有名人。彼に想いを寄せて数ヶ月後のある日、その人に告白されて俺は二つ返事で付き合う事になった。そして高校に上がり、地元の幼馴染も上京してきて毎日楽しいことばかりで幸せだった。

しかしそれも知らず蝕む悪意に奪われてしまった。



♂♀





いつからか体調が思わしくないと感じていた。だけど学校を休む程でも寝込む程でもなく、さして気に止めていなかった。中学から高校に上がり環境変化に珍しく身体がついてきていないのか、それとも帝人がこっちに来たことにはしゃぎ過ぎた疲れが出たのか。そのくらいにしか考えていなかった。

とある日の静雄さんとのデート中、時折咳込む俺を静雄さんが心配しながらもいつもと変わらないラブラブな一日になるはずだった。なる予定だった。

「静雄さん、次どこ行きます?」

夕食も食べ終わり恋人の時間はこれからだ。どう静雄さんの家に泊まる流れに持ち込もうかなと考えながら静雄さんより一足先を歩く。

「あーどこでも…って紀田、信号。」
「あ、」

静雄さんの言葉を背中で聞きながら横断歩道を渡ろうと歩いていると引き止める声に信号機を見る。進めを示す青色が点滅し赤に変わったことに気付いて俺は踵を返した。
中程より手前まで歩いていたのだから渡り切ってしまってもいいのだが静雄さんと離れてしまうので渡り切るという概念は始めからない。駆け足で戻ろうとした時、俺は真横に目映い光を感じて一瞬意識が持ってかれた。

「え………」
「紀田!」

目の前に迫る車。
静雄さんの怒鳴り声。
動かない自分の身体。

全てが他人事の様な感覚に陥り、俺の身体は宙を舞った。




♂♀





そして俺は病院に居る。
白い部屋に消毒液の臭い。
清潔感溢れる二人部屋で俺は静雄さんに抱きしめられていた。

「…静雄さん…苦しいです。つか一緒に轢かれて無傷とか流石静雄さん。」
「俺がついていながら…悪ぃ…」
「いやいや、俺が間抜けやってただけなんで気にしないで下さいよ。静雄さんが庇ってくれたおかげでかすり傷で済んだんですし。」

あの時動けずにいた俺を静雄さんが身を呈して庇ってくれた。
迫り来る車の前に飛び出して、俺の身体を抱きしめ反対車線へ連れだし直撃を免れた。幸いにも転げ出た反対車線から車も通らず二次被害は免れたのだが転げ出た時に切り傷を作ってしまったらしく血が止まらず病院を受診することになった。まぁ、俺らを轢きかけた車の持ち主が念のために検査をして欲しいと言うこともあり、二人で仲良く一日入院生活を余儀なくされたわけだが。
俺のヘマにマジで凹んでいる恋人をよしよしと慰めながら怪我がなくて良かったと安堵する。
いくら人より丈夫だと言え車に轢かれたら怪我ぐらいはするだろう。自分は怪我を負ったって自業自得なのだから仕方がない。しかし静雄さんは完璧俺の巻き添いだ。だから静雄さんに怪我がなくて凄く安心した。

「静雄さん、ありがとうございました。俺、静雄さんが助けてくれなきゃこうやって静雄さんに触れることが出来なかった、抱きしめることも出来なかった。…だからありがとうございます。」

ぎゅうっと抱きしめる肌から伝わる温もりに安心して目を閉じた。
いつもと少し変わった日常。それでも些細な変化でしかなく、これ以上大きく変化しないと信じていた。
抱きしめ返してくれる温もりを失わずに済んだと安心しながら……これからも変わらぬ日々が続くことを祈る。


しかし現実程上手くいかないものはないことを、甘くないことを、再度痛感させられる。

数日経った平日。学校帰りに俺は来良総合病院に足を運んでいた。この前事故の時に入院した病院だ。昨晩そこから電話があり、話があるから来て欲しいと言われたのだ。出来れば両親もと言われたのだが仕事で顔を合わすことがなく、メールで伝えたが返信がないとこを見るとまだ見てないかもしれない。よって一人で俺は病院を訪れた。
だけど呼び出される理由が分からず首を捻りながら受け付けで訪問の理由を伝え待合室で呼ばれるのを待つ。
暫くしない内に呼ばれ、診察室に通された。この前の検査で実は何処か痛めていたのだろうか。それにしては今まで変わりなく過ごしている。
医師の行動を待ちながら言われた椅子に腰を下ろして話が切り出されるのを待つ。

「今日、ご両親は?」
「あ、一応メール入れたんすけど仕事が忙しくて見てないのか連絡取れなかったんすよ…やっぱり両親が居た方がいいっすか?」
「…これは家族の協力も必要だから早めにまた来てくれくれるかい?」
「分かりました。………で、俺、どうして呼ばれたんですか?」

俺に話しづらいのかそれとも両親も居た方がいいのかどちらかは分からないが、単刀直入に、とは話さない。
俺が聞いてみると医師は一瞬躊躇った顔をした後重い口を開く様に俺を見て、手元の診察書を差し出した。
差し出された診察書を反射的に受け取るが何が書かれているかさっぱり分からない。首を傾げていると質問される。

「紀田君。最近気になることはあるかね?」
「いや…特には…」
「身体がおかしいとか調子が優れないとか些細なことでも構わない。」
「え…っと……そういえば軽い風邪でも拗らせてるのかちょっと気怠かったり熱っぽかったりしますけど…」

質問の意図が分からない。何が関係あるのだろうと思いながらそれからも幾つか質問され、当たり障りなく答えていく。

「そろそろどうして呼ばれたか…」

適当な話の区切りが良いところで俺は本題を持ち出した。
真剣な表情を見て思わず息を飲む。
何を言われても覚悟しなければいけない、そんな雰囲気なのだ。
だけどまだ高校生、青春真っ盛りで平凡に暮らしている16歳が余命幾許と言われるわけがない。
雰囲気に飲まれない様に明るく振る舞いながら俺は目の前の人物からの言葉を待ち、余命幾許と言われるのとどちらがマシだろうかという絶望を味わう事になった。

「紀田君、君はエイズに掛かっているんだ。」




♂♀



「や…やめっ!」

日も落ちた暗い通り。人通りも滅多にないこの通りで俺は頼まれ事をされ、人を待っていた。
すると背後から抱きしめられたかと思うと伸びてきた手が俺の股間を触る。
離せと振り払おうとするのだが上手く力が入らない。
身体が暑い。呼吸が上手く出来ない。

「ははっ言われた通りだ。」
「はな…せ、っ…ぁっ!」
「おら、ケツだせよ。」

甘く疼く身体。擦り寄せる形で男に寄り掛かるとベルトヲ引き抜かれ曝される下半身。
壁に押し付けられ、腰を引かれ男に突き出す形にされる。
外気に触れる自身に興奮し、思考が固まらない。
嫌だとやめろと思う反面、初めに与えられた快楽を待つ自分がいる。
どうしてこんなことになっているのだろう。
俺はただ臨也さんから仕事の手伝いを頼まれただけなのに。

「ひゃぁああっ!」
「きっつ…やっぱ慣らすべきだったか…」

身体を突き刺す様な痛み。人に言えない秘部から伝わる痛みに目の前に星が降る様にチカチカする。
痛みを訴える俺を無視して男は動き始める。
初めは痛いだけのソレも次第に気持ちよくなっていて、俺は、



♂♀




「…くん……紀田君?」
「っ!」
「そう気を落とさないでも大丈夫。治療薬はまだ…だが」
「…ぁや…は、い。大丈夫っす。」

暫くトリップしていたみたいだ。多分、俺がエイズに罹ることとなった原因の記憶に。1年前の、あの忌まわしい日に。
見知らぬ男に犯された俺は、帰りが遅いと心配して様子を見に来てくれた臨也さんに介抱された。女みたいに臨也さんに縋り付き泣く俺をあの人はどんな気持ちで慰めていたのだろう。それから臨也さんの勧めもあり性病の検査も受け、何事もなく今日までを過ごしていた。
ちなみに静雄さんは俺が過去にそんなことが遭ったことは知らない。付き合い始めた頃にそんなこと言える訳なかった。
自分からも男を求め、犯されたことなんて。

「これからは些細な体調変化にも気をつけてください。」

医師から様々な注意を受け、更に詳しくは両親と一緒にまた、と言うことで今日は解放された。
俺はその注意のどれほど覚えているだろう。
忌まわしい記憶が蘇り、これからを考えていた脳はきっと何一つ記憶していないだろう。
それ程俺は絶望していた。
生活に不自由が生じるのは構わない。
自分が死ぬという事実もショックではあるが割り切れる。
だけど友人に恋人に移してしまうかも知れないという恐怖と恋人と一つになれないという哀しさだけはどうにもならない。

病院を出たところで落としっぱなしにしていた携帯の電源をつける。
一つの番号を電話帳から呼び出し、掛けるかどうか迷い暫し、俺は通話ボタンではなく電源ボタンを押して携帯を閉じた。
少しだけ考える時間を作ろう。これからどうするかどうすればいいか。
エイズの感染源は限られている。普通に生活していれば移ることはない。だから、この頭を巡る考えを捨てろ、俺!
別れたくない。離れたくない。手放したくない。
でも怖いんだ。もしかしたら、があるかも知れない。
血に触れてしまうかもしれない。寝てしまうかもしれい。キスで移らないとは言うけれどもしかしたら。
それ以前に……拒絶、されてしまうかもしれない。
考えれば考えるほど浮かぶ『もしかしたら』に俺は頭を抱えた。涙を浮かべた。

「静雄…さ、ん……」






そして次の日、俺は静雄さんを呼び出した。

「静雄さん、」
「どうした?大事な話っつーのは…」
「別れましょう?」
「な…」

笑顔で告げれば予想通り、静雄さんは目を丸くして驚いている。そして俺の肩を力強く握り、詳細を尋ねてくる。
それも予想の範囲内であり、俺は用意した言葉を並べた。

「俺、静雄さんと付き合い始めた頃に別の男と寝たんすよ。その時に病気…移されちゃったみたいで……俺、エイズなんです。」

嘘だけは付きたくなかった。どんな反応が返ってこようとも嘘だけは。だってもしかしたらもう静雄さんに移してしまっているかもしれない。静雄さんとそういうことは無かったけれど、絶対にないなんてない。だから、検査を受けて欲しくて、俺の現在を知って欲しくて、正直に告白した。

「エイズだろうが何だろうがなんで別れるって」
「静雄さん、病院で検査受けて下さいね?」
「紀田!」
「俺のことはすっぱり忘れて下さいね?」
「きだ………正臣!」
「いっ!」

俺の最後のお願い。最後の我が儘。
肩を握る力が強くなり思わず痛みに声を上げる。それに一瞬怯み力が弱まった隙を見て俺は静雄さんから離れた。手が届かないところまで。

「俺、静雄さんには生きていて欲しいんです。幸せになって欲しいんです。だからさよならです。愛してました、静雄さ、ん。」

最後に出来るだけの笑顔を浮かべ、静雄さんの姿を目に焼き付ける。でもだめだ、視界が歪んで静雄さんが見れない。
でももうお別れなんだ。
愛している。
もう一度だけ言って、俺は逃げるようにその場を駆け出した。





そして俺は学校を辞めて、池袋を去った。






【レッドリボン   
    〜セカイノオワリ〜】







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12/1は世界エイズデーと知りエイズネタな静正←臨の小話を載せたら続編希望と言われたので小説にリメイク。しかし予想以上に長くなったのでまさかの前後編となりました。
ここまでなら小話にもあるんだけどなぁ…アハハ…早めに後半書ける様頑張ります。






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