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時にそれを人は試練と呼ぶ(静正)

※同棲中



信じたいと思う心は悉く潰されていく。
俺じゃダメなんだって痛感させられる。

ソレに気付いたのは何てことない、洗濯物を洗濯機に入れていた時だ。色物や洗い方に癖がある物など分けている時に白の中に真っ赤が見えた。静雄さんがいつも着ているワイシャツ。何か零したか…それとも誰かの返り血なのか、苦笑しながらワイシャツに付いた汚れを手洗いで落とす為にそのシャツを手に取った。

「これ…」

その赤は血液でも何かを零した汚れでもない。形作る唇の跡……口紅だ。そう気付くと胸が痛んだ。なんでこんな所に…。普通ならジャケットで隠れている筈の胸元にそれは小さな汚れだが大きく存在を主張している。
きっとジャケットを脱いでいた時に誰かとぶつかったんだ。
普通なら有り得ない可能性を俺は信じたい。だって静雄さんに愛されているって分かっているのに、その愛を疑いたくない。だから、これは単なる汚れなんだ。
自分に言い聞かせるように頭の中で何度も同じ言葉を繰り返しながらシャツに付いた『汚れ』を手洗いで念入り、丹念に落としていった。




夕刻、洗濯の時の不安が見え隠れしながらも俺は何時も通り夕食を作っていた。今日は手作りハンバーグに野菜サラダ、オニオンスープだ。一通り作り終え後は静雄さんの帰りを待つ。我ながら今日もいい出来だと静雄さんの「美味しい」という言葉と笑顔を想像しながらダイニングテーブルの椅子に腰を掛けて想い人を待った。
それから十数分もしない内に玄関で音がする。鍵を開ける音がした後ドアノブが回されドアが開かれる音。
帰ってきたんだと勢いよく立ち上がると俺は玄関に走っていく。見える黒と白のいつも通りの服装の彼に飛び付く様に抱き着いた。

「お帰りなさい!」
「おう、ただいま。」

しっかり受け止めてもらいわしわしと髪を撫でられる。それが擽ったくて顔を小さく揺らした後、ほお擦りをするようにすりすりと胸に擦り寄る。すると何時もはしない甘い香り。お菓子や果物とかそういった食べ物の様な甘い匂いではなく甘く調合された匂い、香水の匂いが鼻腔を擽った。
移り香の様でそれはかなり微かな匂いだけど、それでも昼間の事があり不安が増幅された。ただ香水がキツイ人の傍に居ただけだろう。それとも何かの拍子で香水でも被ったのだろう。
否定出来る事柄があるにも関わらず俺の頭は不安と恐怖に侵される。口紅に香水。見え隠れする女の影に俺はどうしたら良いのだろう。

「どうした?」
「…!あ、いえ。ご飯にします?お風呂にします?そ、れ、と、も、お、れ?」

静雄さんの声にハッとなる。何を俺は疑うようなことを。
作り笑いを浮かべて冗談っぽく尋ねると静雄さんの顔が近付いてくる。いつもなら後でな、と軽く流されるのだけど

「なら正臣。今すげぇ手前を食いたい。」

今日は違った。
耳元で低く低く囁かれる艶のある声に思わずゾクリと興奮してしまう。顔に熱が集中するのを自覚しながら俺は抱き着く力を強めて同じ様に静雄さんの耳元で囁いた。

「…め、召し上がれ…?」

どうか一緒にこの不安も吹き飛ばして。




♂♀





それから数日後のある日。いつもと変わらず夕食の買い物に出掛けていた時の事だ。見慣れた後ろ姿が見えたから声を掛けてから帰ろうと近寄ってみて、あと数歩のところで足を止めた。
隣に見える金髪の女性。体にフィットするタイプの服装でその美しいラインが強調されている。
いつもの俺ならなんの躊躇いもなく、冗談にナンパ口調で彼女に声を掛けていただろう。
しかし最近の出来事と噂でそんな精神の余裕は残念ながら持ち合わせていなかった。

『平和島静雄に女が出来た。しかもその女との間には結構大きな子供がいる。高校時代の彼女なんじゃないのか、ヨリを戻したんじゃないのか。』

憶測の域を出ない単なる妄想。噂と笑い飛ばせるぐらい真実味のない話。
それでも今の俺にはその馬鹿な噂すら不安を増幅させるしかなく、目の前の現実がその噂を真実だと物語っているようにしか見えない。
もし静雄さんに彼女がいて、噂が本当なら俺は…笑って祝福しよう。そうあの日から決めた。静雄さんを疑い始めたあの日に。好きな人の幸せを祝おうと、喜ぼうと。決めた、の、に。

「ふ…ぇ……」

視界が歪むのはなんでだろう。胸が痛い。
何も聞きたくない聴覚が女性の声を捉え、歪む視界の中で静雄さんが振り向いた。
ヤバい、こんなみっともない姿を見せられるわけがない。
静雄さんと目が合う前に俺は手に持っていた買物袋を落として駆け出した。今はダメだ、笑えない。笑って祝福すると決めたんだ、だから今はこの場に居たらダメなんだ。
背後で静雄さんの呼ぶ声が聞こえる。
待って、もうちょっとだけ待って下さい、必ず祝福するので、今はまだ待って下さい。お願いしますから。

「正臣!」
「―っ!」

俺の願いも虚しく暫くすると腕を掴まれ無理矢理振り向かされた。みっともなく泣く俺に気付き静雄さんは驚いた顔をした後力強く抱きしめてくれる。
ズルいです、静雄さん…これじゃ諦めきれないじゃないですか。
今日は静雄さんだけの匂いがする腕の中で俺はどうしようも出来なかった。拒むことも受け入れることも。

「何泣いて」
「大丈夫…で、す。ちゃんと受け入れますから…だから少し…もう少しだけ待って」
「あ゙?何をだよ。」
「静雄さんは優しいか、ら。…だから俺のわがままも聞いてくれていた…んすよね、」
「待て正臣、話が全然見えねぇんだが。」
「俺より彼女はいいんすか?」
「は…彼女?」

なんだか静雄さんと話が噛み合わない…?
静雄さんは嘘を付かない。特にこんな状況で嘘をつくような人ではない。変だと思い軽く首を傾げながら最近気付いた他に恋人がいるであろう事柄と噂を静雄さん話した。
もう、正面から突き放された方が心の整理も付きやすいだろう。そう思ったのだ。
全てを話し終えると静雄さんは目を丸くしていた。気付いていたことに驚いたのかと思ったが次の瞬間額に青筋が浮かぶ。怒った?!この流れでその意味が分からず今度は俺が目を丸くする番。

「殺す…そんな噂流した奴を殺す…」
「あ…し、静雄、さん?」
「正臣、手前は勘違いしてやがる。」
「え…」
「ヴァローナは単なる仕事仲間で後輩だ。で、子供ってのは茜のことだろう。あいつは知り合いだ。」
「つまり…」
「手前の勘違いだ。」

全てが俺の勘違い…?まだ静雄さんを好きでいていいの?静雄さんを愛して愛されていていいの…?
じっと静雄さんを見ていたら静雄さんの後ろから声がした。

「話は理解しました。総じて言うなら否定します。平和島静雄は私の疑問を解消する対象でしかありません。そこに愛や恋慕は関わってきません。」

静雄さんが振り向くのと同じように覗き込むとそこにはさっき静雄さんと話していた女性、よく見れば外国人のようだ。
彼女からの否定も聞き俺の中で増え続けていた不安が引いていくのが分かった。胸の痛みもいつのまにか無くなっている。

「俺は、手前を…紀田正臣を愛しているんだよ。変な噂に惑わされるな。」
「…静雄さんがタイミング良く口紅と香水をどっかから拾ってくるのが悪いんです。」

それが無ければ、どちらか片方だけならば俺だってここまで不安にならないさ。だけど、勝手に勘違いして勝手に泣いて別れようと考えたのは悪いとは思う。
俺は静雄さんに抱き着いて小さく呟いた。

「ごめんなさい………愛しています。」







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五萬打フリリク、***様リクエストの『喧嘩⇒仲直り。』でしたー!あれ喧嘩は…?
可笑しいな…本当は痴話喧嘩っぽくして仲直りのはずが…リクエスト通りに書けないと定評のある湊でした。






あきゅろす。
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