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庇い愛(臨正)



一つの銃声が響いた。続いて何発かの銃声。まるで短い曲を奏でるような銃声が、池袋の外れにある倉庫に響き渡った。
その舞台で踊るのはまだ高校生の少年。蜂蜜色の髪を靡かせて、身体を着弾の振動で僅かに浮き踊らせて。背に一人の青年を庇う様に少年は短いダンスを踊る。
少年は後ろに居る青年に怪我が無いことを見ると小さく笑い、短い短い舞台に幕を閉じた。

「正臣君!!!」

目の前にまるでスローモーションの様に倒れていく少年を見て青年は叫ぶ。それと同時に一発だけ鳴る銃声。銃弾は青年を貫き、赤に染め上げる。少年の行動を無に帰すように、非情に、無情に。青年の身体は赤く染め上げられ、そして糸が切れた操り人形の様に少年の隣に倒れ込んだ。


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時間は十数分前に遡る。池袋の外れにある倉庫に居たのは一人の情報屋と仕事相手の外国人数人だった。情報屋は依頼されていたある組織の情報が詰まった書類、ディスクを一人の外国人に手渡す。彼がこの中のリーダーなのだろう。情報屋と何度か言葉を交わした後、仕事は終わりだと言うように背中を向ける。その瞬間、離れてやり取りを見ていた外国人らが一斉に情報屋に銃口を向けた。

「You are unnecessary...」

外国人のリーダーが小さく呟くと同時に一斉に引かれる引き金。流石に情報屋が自分の生に終わりを感じた瞬間、目の前に白い何かが舞い込んでくる。それが少年の着る服だと気付くにはそう時間が掛からなかったが何故場所も知らない筈の彼が居るかと言う疑問に情報屋の脳の活動が全て使われた。



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さらに時間は数時間程前まで遡る。場所は情報屋の構える新宿にある事務所。少年が仕事に訪れると雇い主は出掛けているらしく仕事に行くというメモ書きだけ残されていた。普通なら気にならない些細な日常なのだが少年の目には酷く非日常に映る。少年の知る情報屋はわざわざメモ書きを残す様な気遣いはない。小さな違和感に少年は目を細める。
何と無く、本当何気なく少年は情報屋が先日まで行っていた仕事は何かと調べてみるが仕事をしていた痕跡が見当たらない。確かにここ数日忙しそうに、だが楽しそうに仕事をしていたはずだ。その痕跡が一切ないと言うことは、と少年は考えある答えを導き出す。
情報屋は危ない仕事をしている。
あの情報屋のことだから何事もなく帰ってくるだろうと考えていた。何時間かすればひょっこり現れるだろうと考えていた。池袋にでも行き喧嘩人形と遊んでいるかもしれないと考えていた。だが考えとは裏腹に少年は情報屋の後を追う。何処に向かったのかなど分からない。だが目立つ姿だ、誰か見ているだろうと少年は事務所を飛び出した。

そして都市伝説である黒バイクに案内されたのは池袋の外れにある倉庫。少年はそこで信じられないものを目にする。銃口を向けられる情報屋の姿。頭でどうにかしなければと考えるより先に少年は駆け出していた。過去に酷い仕打ちを受け必要以上の関わりを持ちたくないと思いながらも、無視できないばかりか頼りにしてしまう情報屋を助ける為に。

「臨也さん!!!」

黒バイクが対処をするより前に、情報屋の盾となり少年はその身に複数の銃弾を受け、守りたい人の無事を確かめて少年は深い眠りへと就いた。



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それから一ヶ月後。新宿の情報屋、折原臨也は今日も仕事に励みつつ、事務所の窓から見下ろす歩道を歩く人間の観察に精を出していた。

「人間は様々なタイプがいるよね。自分しか考えていない人間もいれば他人ばかりを気にかけ自分を顧みない人間もいる…この世にはどれだけ違う性格の人間が居るんだろう…?」

歩道には仕事中のサラリーマンや学校をサボっているのか制服姿の少年少女や休日なのか仕事をしていないのか私服姿の男性や女性と言った様々な人間が見える。臨也はこれといって興味が行く観察対処が現れているわけではなく、ただ通り過ぎる人間の群れを眺めながら呟いていた。その傍らには秘書として雇っている矢霧波江が黙々と与えられた仕事を片付けている。チラリと臨也の方を見たかと思うとまたやっているというように溜息をつき働かない雇い主の存在を無視して仕事に集中する。そんなつれない反応を返す助手にやれやれと肩を竦めていると事務所の玄関が開く音に臨也は振り返った。仕事の依頼や無関係者ならマンションのエントランスでシャットアウトされるのでここまで臨也が存在を気付かず入ってくるならもう一人の助手だろうかと思いながら入ってくる姿を見ると臨也は緩く首を傾げた。

「やあ、沙樹。どうしたんだ?」
「あ、臨也さん。今日も正臣は来れないから私が手伝いに来たの。」
「今日も?正臣君、風邪でも引いたの?」
「ぁ…うん……ちょっと長引いて居るの………」
「ふーん…何だかんだと半月も休むなんて正臣君、もしかしてサボりだったりして。」
「違うよ、正臣がそんなことしないのは臨也さんも知っているでしょ?」

そうだね、沙樹の言葉を肯定すると臨也は珈琲を入れるように沙樹に頼みパソコンへと向き直った。沙樹と臨也の会話を仕事の片手間に聞きながら波江は表情を一切変えずに「最低ね。」と呟くが臨也の耳には届いていない。しかし沙樹の耳には僅かながらに届いており表情を曇らせた。暗い表情で珈琲メーカーを取り出し珈琲を入れる準備をしながら簡易キッチンからひょっこり顔を覗かせ臨也の様子を伺う。いつも通り、何一つ変わらず仕事をしている臨也。一ヶ月前に遭ったことなど微塵も感じさせない程変わりない臨也の様子に沙樹は半月前の事を思い出す。

銃で撃たれたと聞いた沙樹は慌てて彼の同窓生の家を訪れた。眠る二人の知人。沙樹はこの時の事をあまり覚えていない。ショックが多過ぎて脳への情報伝達がシャットダウンしてしまったのだ。だが二人とも生きていると教えたられ安堵したことだけは覚えている。いつ目を覚ますだろうか、臨也の同窓生の話では臨也の怪我ならもう意識を取り戻してもいいと言うことだった。だが、まだ目を覚まさず眠りきっている。沙樹は早く二人が目を覚ますことを願いながら世話をすること数日、臨也が目を覚ました。

「臨也さん…」
「沙樹…?」

まだ意識が朦朧としているのか呼びかけには空返事だったが意識が戻った事の方が嬉しく沙樹は怪我人だと言うことを忘れて臨也に抱き着いた。今にも泣きそうな沙樹の様子に臨也はイマイチ状況が分からず呆然としていたが沙樹が途切れ途切れに話してくれる内容に大方は理解したよう自嘲気味の笑みを浮かべて呟いた。沙樹の涙を一瞬にして止めてしまうような信じられない一言を。

「なんだ、俺もしぶといな。正臣君が聞いたら『死ねば良かったのに』とか言われそうだなあ。アハハ。さて、沙樹。正臣君が待ってるだろうから早く帰ろうか?」
「…ぇ…臨也…さ…ん…?」
「ん、何?」
「……ううん、そうだね。早く帰ろう?」

沙樹は一瞬目を見開いて臨也を見るが返って来た臨也の無表情に言葉を飲み込んだ。変わりに笑顔を浮かべて臨也の手を引いた。隣に眠る正臣に臨也が気付いてしまう前に。

それから今日まで正臣はまだ目を覚まさず、臨也は正臣が眠り続けていることすら知らない。


「臨也さん、珈琲入ったよ?」
「あ、沙樹。悪いけどちょっと出掛けてくる。」
「お仕事?」
「んー気分転換にシズちゃんからかってくる。」
「そっかぁ。気をつけてね?」

沙樹の気遣いに臨也は笑みで答えると部屋を出て行った。煎れ終えた珈琲をどうしようかと思っていると波江がカップに指を絡め持ち上げた。

「あの男も最低よね。」

波江が一口珈琲を喉に流し込み呟くと沙樹は一層暗い表情になりながらも必死に笑みを作る。

「………臨也さんも傷ついているんですよ。」




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新宿から池袋に移動した臨也は揚々と通りを歩いていた。平日の昼過ぎにも関わらず人通りが多く、知り合いにでも会えないかと周りを見渡していると母校の制服を見つけて臨也はそっと近付いた。

「帝人君♪」
「わっ……臨也さん?」

驚かす様に背後まで近付きいきなり声を掛ければ予想通り、来良の後輩、竜ヶ峰帝人は声を上げる。帝人が振り向き臨也の姿を確認すると一瞬眉が潜められる。何の用だと言うように、帝人は冷たい表情で臨也を睨み付けた。

「何の用ですか?僕は貴方みたいに暇人じゃないので用がないなら構わないでください。」
「つれないなぁ。先輩には優しくしてよ?」
「………。」
「あぁはいはい。何だか帝人君が冷たいから単刀直入に聞くけどさ、正臣君知らない?」
「はぁ?」

臨也から告げられる質問に帝人は信じられないと言った表情を作った。帝人もあの時正臣と一緒にいた都市伝説から正臣の事を聞いていた。実際見舞いにも行っている。というか今から行こうとしていた所だ。その元凶ともなった男が何を口走っているんだ?続けられる臨也の質問に帝人の表情が更に険しくなる。

「全く仕事をサボって何をしているんだろうね。てっきり帝人君と杏里ちゃんと遊んでいるとばかり思っていたんだけど検討ハズレのようだ。」
「…さん………臨也さん…」
「ん、何?」
「正臣は…正臣は…今、新羅さんの知り合いの病院に入院してますよ…?銃で撃たれて…意識も未だ戻らず…眠り続けているんですよ…?貴方を庇って…貴方を助けようとして…正臣は植物状態になっているのに何で貴方はそんなことを言うんですか?!正臣は貴方を助ける為に撃たれたのに!何で貴方は覚えていないんですか?!正臣の行動を無かったことにしないで下さい!正臣が貴方を庇って正臣は寝てるのに…忘れないで下さい…っ!」
「…帝人君、」

帝人は怒りの余り臨也の胸倉を掴み、始めは蔑む様に言っていたのだが感情が高ぶるにつれて掴んだ手は縋る形に、声は怒鳴りに変わっていった。最後には願う形に変わり涙を流す帝人を見て臨也は微笑んだ。忘れていたことを悔やむような笑みではない。ただ感情のない貼付けたような満面の笑み。呼ばれ顔を上げた帝人の瞳に映る折原臨也と言う人間は、

「嘘はいけないよ?それにそんな解りきった嘘、すぐにバレちゃうよ。正臣君が俺を庇う訳無いし、俺がさせないよ。だから正臣君の居場所を教えて?」

当の昔に壊れていた。
臨也は知っていた。正臣が自分を庇い撃たれた事を。
臨也は知っていた。自分が目覚めた時、正臣が隣に寝ていた事を。
臨也は知っていた。正臣が事務所を訪れないのは正臣が病院で眠り続けているからだと言う事を。
臨也は知っていた。帝人が正臣の見舞いを毎日欠かさず訪れている事を。
臨也は知っていた。自分が正臣のことを知りながら敢えて気付かないフリをしているのだと言う事を。
臨也は知っていた。正臣が居なくなる現実を拒否し続けている事を。
臨也は全て知りながら臨也は全てを知らないフリをし続けていた。

「さて、帝人君。俺はもう行くよ。シズちゃんをからかうつもりだったけど君のせいで興が削がれた。だから見付かる前に退散するよ。」
「臨也さん!」

じゃあ、と片手を上げて去る臨也に帝人は何かを言おうと声を上げるが臨也の姿は既に人込みに紛れて見えなくなってしまった。
帝人は臨也の去った方を暫く見つめた後、正臣が入院している病院を目指した。

♂♀



帝人が正臣の病室を訪れると今日も新しい花が飾られていた。

「…今日は梔子か。」

ベッドサイドの花瓶に添えられる花を見て帝人は小さくその名前を口にした。帝人が毎日訪れると既にそこには変わり変わりの花が添えられている。向日葵だったり、薔薇だったり、満作だったりと季節感無視も良いところの花々が添えられているのだ。看護師らに誰が持って来ているのかと尋ねた所で看護師も知らないという話だ。帝人が知る中で友人の見舞いに訪れ、花を持って来そうな何人かに尋ねてみたが皆知らないと返ってくる。手掛かりが一切ない中で探すのは困難だと思えば帝人は詮索するのを止めた。

「正臣、今日から学校はテストだよ。本当嫌になっちゃうよ。」

帝人は椅子に腰を掛けると正臣に話始めた。目覚める事を信じて、何気ない話をずっと…面会時間が終わるまでずっと話し続けた。




♂♀




それから数日後の正臣の病室。午前中の為か帝人はまだ学校で来ていない誰も居ない病室を一人の男が訪れた。手には今日も新しい花がある。

「おはよう、正臣君。」

男は正臣に声を掛けると持って来た花を換える為に花瓶と花を持って病室を一旦出ようとした時小さな空気の漏れのような音を聞いた。気のせいかと思いながらも振り返ると男は持っていた花瓶と花を落として正臣に駆け寄った。

「…ぃ…ざや…さん……」

ベッドには茶色い瞳を覗かせた正臣が真っ直ぐ臨也を見ていた。絡む視線に臨也はそっと微笑み、

「……起きるのが遅いよ、正臣君?」

涙を流した。正臣が撃たれてから初めての涙を。






【庇い愛】






その後、精密検査等を受けた後正臣は一般病棟へ移された。念のためもう1、2日の入院ということだ。
ベッドに腰を掛け、臨也は正臣の頭を撫でてやる。

「何で臨也さん無事なんすか。」
「君が守ってくれたからだよ?」
「………」
「?」
「…………臨也さんが無事で良かった……」
「それはこっちの台詞だよ、正臣君。」

そして重なる二つの陰。初めて彼等は思いを伝え合う。







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夜勤中の妄想を茶会で話したら書いてと言われたので書いてみた。
最後の方力尽きたなんて口が裂けても言えない。
タイトルはにいさまに考えて貰いましたー。





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