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幸せに条件はない(帝正)







日も登りきらない早朝。帝人の住むアパートを見つめる一人の少年。その全容を眺めて彼は小さく笑った。笑みと言うには苦々しく、自嘲じみたそれは今日までの日々に別れを告げるからなのだろう。
見つめる先の窓から少年は思う。最後に一目顔が見たいと。
明かりのつかない室内にいるであろう恋人に向けて願う。自分がいなくても楽しく過ごしてくれ、笑ってくれ。泣かないで欲しいと。
そして口を開く。

♂♀


「よし、帝人。遊び行くぞ!」
「デート?」
「そうくるか!」
「冗談だよ。どうせナンパとか言うんでしょ。」
「ところがどっこい!デートで大正解だ。ほら、新聞取らないかって言われ今なら遊園地のタダ券もついてくるとかで遊園地のタダ券貰った。新聞は取らなかったけどな。」
「…それ…どうやって貰ったのさ。」
「帝人ん家勧めた。」
「は、家は取らないよ?!」
「住所は俺だけの秘密さ☆」
「それ詐欺だよね。」
「交渉術と言ってくれ。で、ほら、今日までだから行こうぜ。だから貰えたようなもんだし。」

はぁと一つ溜息を付きながらも、目の前の友人と何処か遊びに行くのは楽しいことであり、他の誰でもない自分を選んでくれたことを喜ばしく思いながら帝人は仕方がないな、と肩を竦めた。それが合図というように正臣はニッコリと満面な笑みを浮かべて帝人の手を掴んで遊園地を目指した。


そして日も落ちかけた時刻。そろそろ帰ろうと言う帝人に正臣は最後にあれに乗りたいと巨大にゆっくりと動くライトアップされた観覧車を指差した。遊園地の代表的の乗り物とも言える観覧車。帝人はその頂上を見た後、「いいよ。」と微笑んだ。

『ねぇ、知ってる?コッロルナパルクの観覧車の頂上で』
「帝人?」
「わっま、正臣?!」
「どうした、ぼーっとして。」
「う、ううん。あ、ほら来たみたい。」

いつか聞いたクラスの女子の噂話。何気なく耳に留まった噂がふと帝人の脳裏に過ぎる。噂の遊園地とはまさしく今、帝人達が来ている遊園地であり、今乗ろうとしている観覧車である。
心此処に在らず、そんな帝人に顔を近付け正臣は首を傾げ尋ねてみるが順番が自分達の番となり駆け出した帝人により遮られてしまう。しかしただぼーっとしているだけで特別悩んでいる様子でもないことだけは分かり、再度問い掛ける事は無かった。そうしている内に帝人が先にゆらゆらと振動で緩く動くゴンドラに乗り正臣に向かってほらと手を差し出していた。それを小さく擽ったそうに笑いながら正臣は掴み己もゴンドラの中に入っていった。
向かい合わせで座るゴンドラ内。正臣は外の景色を眺めては小さな子供の様にはしゃいでいた。そんな正臣を可愛いと、愛おしそうに見つめていると手招きされる。何だろうと近付いて見れば外を指さしながら小さくなっていく人、建物、町並みに一々反応して帝人に笑顔を向けている。珍しくもないだろうに、と思いながらも帝人はそんな正臣が可愛くて頷き「うん、そうだねー」と笑っていると膨れっ面を作った。「馬鹿にしてる!」と可愛い顔をさらに可愛い表情にして、怒る。それすらも愛おしさが湧きながら、帝人はチラリと外を見た。景色も大分変わってきた。そろそろだろうか。上を見ればもう先行くゴンドラはなくて、帝人は小さく正臣の名前を呼ぶ。

「ん、どうした?まさか高いとこ…」

いつものからかい口調。だがそれが全て紡がれる前に帝人は己の唇で正臣の唇を塞いだ。触れるだけのじゃれ合いのキス。
直ぐに離れ、帝人は気まずそうに視線を逸らすが正臣からのノーリアクションに心配になれば視線を戻すと、そこには顔を夕焼けのように真っ赤に染め上げ口をパクパクと開閉させている正臣がいた。いつもは恥ずかしい事ばかり言うのにこう言うことには初なんだから、と見ている帝人も恥ずかしくなったのか仄かに顔を染める。

「な…みか、ど。」
「…何?」
「不意打ち禁止!つかここ二人っきりっても外で…だから…の……」

まだ混乱しているのか顔を真っ赤にしたまま慌てる正臣。宙吊りにされてるゴンドラはゆらゆら移動の振動以外の力に普段より大きく揺れ、帝人が危ないよと言う制止に正臣は挙動不審な行動を止めた。だがまだ気恥ずかしいのか椅子の上に足を乗せ、帝人に背を向け膝を抱える形であーうーなど奇声を漏らしている。
これは暫く放っておいたほうが良いだろうと帝人はそれ以上何も言わず外を眺めているとポツリと小さな呟きが耳に届き、チラリと視線だけを正臣に向ける。

「…たのか?」
「え、何?」
「知ってたのか?この観覧車の噂。」
「…」

未だに顔を赤く染めながら椅子の上に正座で真剣な表情で帝人を見つめる正臣。まさかこの観覧車に乗る前に自分が思い出していた事が相手の口からも聞けるとは思わず帝人はキョトンとしてしまう。

「しらな」
「知ってたよ。この観覧車の頂上でキスをしたカップルは一生幸せになれるっていう噂。」
「…先越された…」
「先手必勝、なんて。」

キョトンとしていたのが知らなかったと思ったのかむすっと少しだけふて腐れた顔をする正臣に思い出していた噂を口にしながら帝人は正臣に近付いた。重心が片側に移り傾くゴンドラ。

「でも、そんなジンクスに頼らなくても僕は正臣を幸せにする自信はあるけどね。」

耳元で囁けばくぅっと正臣が鳴く。余程恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして、あたふたと惑う手はぎゅっと帝人に抱き着く形で落ち着いた。

「んなの…俺だってそうだよ!」

そして叫ぶように断言する正臣にクスクスと帝人が笑みを作る。下り始めたゴンドラ。二人何も語らずに抱き着いたまま観覧車が一周するのを待った。




それから一ヶ月。
正臣がウキウキしている様子に帝人はいつもながらに冷たくあしらう。そんな最早日常になりつつある風景。しかしいつもと違うのは冷たく返されてもめげない正臣がいないということだ。

「帝人…どういうことだよ。」
「何が?…変に理由なく浮かれてニヤニヤしてるからキモいって言っただけでしょ。」
「理由なくって…なんだよ、帝人!あの日のこと忘れたのかよ?!」
「あの日…?いつのこと?」
「…帝人の馬鹿野郎!」
「あ、正臣!……正臣、今日の19時家にちゃんときてね。」
「………帝人のド阿呆!トンチンカン!」

いつもながらの帝人の冷たい反応にむすっとふて腐れた正臣。喧嘩腰に尋ねて返ってきた答えに正臣は怒りを通り越し少しだけ淋しくなった。それから勢いのまま帝人に喧嘩吹っ掛けて走り出してしまったのだ。帝人の場にそぐわない発言もあり、正臣は大層御立腹で。

「帝人の馬鹿馬鹿馬鹿。帝人なんて池袋の荒波にのまれてもやしになればいいんだ。ってもうもやしか。」

ぐちぐちと愚痴を零しながら街を歩く。気が立っているせいか

「よう、兄ちゃん。」

そういう奴らにも絡まれやすく

「何すか?」

吹っ掛けられた喧嘩を正臣は安値で買った。
連れてこられた人目もない裏通り。数人の如何にもやんちゃしてますな輩に囲まれて、始まる喧嘩。

数分後に立っているのは正臣だけで、彼の足元には痛みに呻きをあげる男達。感情の篭らない目で男達を見つめた後正臣はふらりとその場を立ち去った。
―あぁ、完全に八つ当たりだ。つーか、痛いだけで気分も晴れねーし。
少し殴られた頬に手を沿え空を見上げた。

「何やってんだかなぁ。」



『つーか、それ告白?告白なのか?』
『え…ん、なのかな?』

遊園地のスタッフが変な気をきかせてくれたらしく正臣と帝人の乗せたゴンドラは二周目に入っていた。降り損ねた二人は見つめ合い笑って、正臣が冗談混じりに聞くと帝人に肯定されて、冷めていた顔の熱が再び上がる。

『な、なら記念日だな。帝人と将来を誓い合った記念日!』
『…それ…僕が告白した時も言ってたよね。』
『記念日は多い方がいいだろ?』
『そのうち毎日が記念日になりそうだよ。』
『あ、それいいな!』

どこぞのバカップルよろしく会話を続けた二周目。







「忘れちまったのかよ…俺だけ求めてるみてーで、馬鹿みて。」

あの日と変わらない青く澄んだ空。違うのは正臣のどんよりとした心。
自嘲じみた笑みを浮かべた所で思い出す別れた時の帝人の言葉。

『今日の19時家にちゃんときてね。』

普段なら謝るか何かしらの言葉なのに今日に限って約束の確認めいた言葉。引っ掛かりを覚えると同時に膨らむ期待。それを押し殺しながら正臣は携帯を開いて時刻を確認した。
―まだ2時間ぐらいあるか…。
引っ掛かりを明確にするため訪ねてみよう。まだ余裕ある時刻にどこで時間を潰そうかと街を見て、正臣は肩を竦めた。

「ま、んなことでぐだぐだやんのも馬鹿らしいし…許してやりますか。」

大事なのは過去じゃなくて今。過去も大事だが過去に囚われたままじゃ一歩も進めない。いつかを思い出し一瞬顔を強張らせたが正臣は笑顔を作って帝人の家に持ち込む食料品などを買い漁りに足を運んだ。


そして18時半。時間を潰すのもここまでが精一杯で、予想よりも早く帝人の借りてるアパートの前まで来てしまえばどうしようかと迷う。買ってきたものの中に生ものや溶けてしまうものなどは無かったかジュースは買い込んだ為温くなってしまうことだけが気掛かりだと正臣は嘆息をついた。少し早いが帝人の家に上がり込むかとドアの前まで来てノックしようとした手を止めた。半ば一方的に怒って馬鹿とか阿呆とか言った手前どんな顔をして会えばいいのか、一瞬悩むもそんなの俺らしくないと正臣は頭を切り替えてドアノブへと手を掛けた。

「皆のアイドル、紀田正臣今登場☆」
「ま、正臣!?まだ時間じゃ…」

ドアを開けると同時にキメポーズ。荷物は勿論一度ドアの横に置いて。
いつもながらの冷たいツッコミが返ってくると覚悟していた正臣だが想像とは裏返しに慌てる帝人。そしてワンルームなので玄関からでも見える室内、机の上の影。
机に置かれているものをよくみてみると帝人だけの夕食にしては豪勢な料理に中央に置かれたカットケーキ。
どういうことだと帝人を見れてみれば照れているのか頬を赤めて睨んでいる。

「いつもは時間ギリギリなくせにどうして今日は…あぁもう!」
「帝人…これは…?」
「…『記念日』、でしょ。どうせ正臣のことだから一ヶ月経っただけでも『今日は帝人と将来を誓い合って一ヶ月の記念日だ!』とかまた馬鹿なこと言うと思ってたから…だからサプライズしようとして知らないフリしてたら正臣、勝手に怒っちゃうし。」

呼んだのは紛れもない帝人だ。だが予想よりも早い登場に準備途中を見られ、最早隠す必要もないと帝人は全てを簡潔に語った。覚えていたのは正臣だけじゃなく、一年後ならまだしも一ヶ月というどうでも良いだろう記念日にも帝人はちゃんと正臣の性格を汲み取っていて、サプライズまで用意してくれた。その事実が嬉しく、正臣は帝人に抱き着いた。

「帝人!」
「はいはい。嬉しいのは分かったからもう少し待ってて?後は盛り付けだけだけど。」
「あ、俺も色々買ってきたからそれも食おうぜ。」
「そんなにも食べられるかな。」
「もやしだもんな。」
「正臣、それどいいうこと?」
「ゴメンナサイ」

最早慣れっこだというように抱き着く正臣を宥めつつ準備の続きをすることを言えば正臣は玄関先を指差し自分も買い物をしてきたことを明かした。袋に沢山詰まるお菓子等に食べ切れるかなと苦笑して正臣の馬鹿げたことをバッサリ切り捨て帝人は準備を進める。
それから帝人の手料理と正臣の買ってきた料理が机に並びに二人だけのパーティーの始まりだ。


そして夜には恋人の営みで体を重ね、愛を確かめ深め合い、二人は眠りへと就いた。
そのはずだった。ふと帝人が未だに正臣が起きていることに気付き寝れないのかと尋ねるも、ふるふると緩く俯きげに首を振だけで帝人はどうしたのかと正臣を見るが本人は何でもないと返すばかり。その体が小さく震えていることに気付けば「そう」と納得出来るはずもなく、帝人は正臣の体を抱きしめ再度聞いた。

「どうしたの…?黙ってたら分からないよ。ねぇ、正臣?」

問い掛けても返ってくることはなく、ただ弱々しく正臣は帝人に抱き着いた。服を握る力は強く、帝人は何か怖い夢でも見たのかと心配になる。いつも陽気な彼をここまで蝕ませているのは何だろうか、自分には何も出来ないのかぐるぐる結論が出ることのない考えが渦巻いていく。
不意にポツリと何かが聞こえる。小さな小さな呟き。帝人は一字一句聞き逃さないようにと耳を澄ませる。

「笑うなよ…?」
「うん。」
「怖いんだ…不意に…怖くなる。この幸せが…こんな俺が幸せに帝人と笑っていていいのか…この幸せがいつか壊れちまうんじゃねーかって…ふとした瞬間恐怖が襲ってくるんだ。幸せが怖い。贅沢なことなんだろうけど馬鹿げて」
「大丈夫だよ、正臣。正臣は幸せでいていいの。僕と幸せになっていいんだよ。壊れちゃうことが怖いなら壊れちゃわないようにする。っていうかそれって僕が正臣を嫌いになるとか思ってる?大丈夫だよ。僕は正臣にフラれたって正臣を愛し続ける自信はあるよ。だから安心して。僕はいつまでも君の隣にいて君を幸せにするから。だから幸せでいていいの。幸せなのに怖がらないで。」

優しくゆっくりと小さな子供に言い聞かせる様に紡いでいく。『幸せでいい』のだと『傍にいる』と何度も何度も。
未だに潤む目尻にキスを贈りながら好きと愛していると何度も紡いでいく。
優しく抱きしめそこに自分がいると主張するように優しく強く。
約束のように誓いのように契約のように。
帝人は何度も正臣に好きだと愛していると傍にいると気持ちを伝えていく。
それに安心したのか正臣はいつの間にか眠ってしまった。規則正しい寝息を立て、安心しきった顔で眠る正臣に愛おしさを覚えながら帝人も眠りへと就いた。

そして朝、目を覚ました正臣は寝ぼけた頭のまま、まだ隣に眠る帝人に向けて笑みとともに口を開いた。


♂♀



「ごめんな、帝人。」

もう半月前にもなるだろうか。約束したのに、誓ってくれたのに、その契約を破ってしまう自分に正臣はただただ謝るしかできない。
安心させてくれたのに、不安へと突き落とすことを。
幸せでいいと言ってくれたのに不幸にさせてしまうことを。
離れて、行方を隠し、音信不通になるであろうことを。

今は会うことが出来ない。あれから変わってしまった自分達と自分達を取り巻く環境。
正臣は黄巾賊の将軍で
帝人はダラーズの創始者で
どうしようも出来ない現実。
やり直しの利かない過去。
逃げ出すことしか出来ない自分。


「でも、いつかはちゃんとケリ付けて戻ってくるから。」


どうかその時まで待っていてくれ。愛していてくれなんて言わない。だがせめて、嫌いにだけにはならないでくれ。



正臣は帝人がいるであろう部屋を一瞥すると背を向け歩き出した。




【幸せに条件はない】




半年後。

「うん、正臣。安心して。僕が君の居場所を作るから。守るから。だから安心して戻ってきてね。」

鮫を象った帽子を被り、自分の理想にそぐわないダラーズを強制退会させながら帝人は小さく呟いた。

「あぁでもその居場所が出来るまでは待っててね。もうすぐだから。すぐに迎えに行くから。だから待ってて?」










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大変お待たせしました!『異常気性』のなろ様に相互小説として捧げさせてもらいます!
遊園地デートのリクエストのはずがあれー^p^?
そりゃ以前茶会で話した内容とも言われましたが…結局幸せにしてあげれてない!ごめんね、なーちゃん。待たせた挙げ句こんな駄文で…。書き直しも苦情も受け付けるから!
こんなんでも良かったらなーちゃん、貰ってください!






あきゅろす。
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