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色褪せない思い出(帝正←静)



現在、俺こと紀田正臣はうなだれていた。
青く澄んだ空。暑すぎず寒すぎず心地好い昼下がりの気温。そんな公園の噴水の縁に腰を掛けて深い深い溜息を吐き出した。

「どうした、紀田?」
「あ?」

そこに差し込む黒い陰と掛けられた言葉。今は一人にして欲しい気分に無意識に態度悪く睨み付けるように顔を上げれば目に映るのは金髪にサングラスにバーテン服。反射的に目を見開いて姿勢を正した。

「し、静雄さん。どうしたんすか?」

流石に池袋の喧嘩人形と言われる人物に喧嘩を売ることは出来ず、慌てて言葉を紡げば静雄さんは気にかけた様子なく俺の隣へと腰を掛け、再度何があったのかと問い掛けた。
別に何があった訳ではない。そう伝えたところでこの妙に勘がいい静雄さんには通じない。それはもう何度かのやりとりで分かっており、仕方がなく俺は素直に口を開いた。



♂♀



時間は今日の昼休みまで遡る。いつもの様に帝人と杏里とで屋上で昼飯を食った後、杏里を口説いていたら鳴る携帯、仕方がなく二人から離れて携帯を取り出した時に事は起きた。
ポケットから携帯を取り出した拍子にストラップとしてついていたクマの縫いぐるみが落ちた。どうやら縫いぐるみと携帯とを繋いでいた紐が弱くなっていたらしく切れてしまったのだ。

「ぁ…」

それを拾おうと手を伸ばすと運命の悪戯が如く通りがかった生徒に蹴飛ばされ、屋上ダイブを果たす俺のストラップ。

「あー!」
「紀田君、どうしたの?」
「どうしました?」

慌ててフェンスに飛び付き落ちた先を見るが中庭に落ちたらしく草木で何処に行ったか分からない。
俺がいきなりフェンスへとしがみついたものだから流石の帝人と杏里も異変に気付いて近付いて来る。ちらりと横目で見遣れば心配そうに見つめる視線と絡み合う。
たかがストラップ如きで心配させる訳にもいかず笑顔を作って事情を説明した。

「いや、ストラップのクマさんが屋上ダイブを決め込みやがってさ。あーどこ行っただろうなって。」
「そうなの?どのあたりに落ちたんだろ。」
「多分あの辺り…」
「中庭か…見つからなさそうだね…薄汚れてもいたんだし、新しいのでも買えば?」

ダイブ着地ポイントを指差しているとフェンス越しに覗き込む杏里と帝人。その先は中庭で、広さと視界の悪さに見付からないのではないかという帝人にやっぱりか…と肩を落としているとあのクマの経緯を知らないならば仕方がないのだが、無慈悲で無情な帝人の言葉に思わず帝人を見てしまう。

「お前…今なんて…」
「え、だから新しいの買えば、って。探しても見付からないだろうしさ。」

でも、それは帝人には通じない訳で、そんなことを言うと言うことはつまりは、

「…かやろ……帝人の馬鹿野郎!」
「え、きだく…正臣?!」

あれがどう言った物かを忘れているということだ。自分でも思ったより怒っていたらしく、帝人に怒鳴ると俺は屋上を駆け出ていた。


♂♀



って俺どんなけ女々しいんだよ。ストラップ一つで帝人に怒鳴るなんてさ…。けど、あれは…凄い大切なモンで、想い出があるモンで、帝人にとってどうってことない想い出だとしても俺は忘れたくなくて、

「よし、なら探しに行くか。」
「…は?静雄さん?!」

一通り話終え、自分のガキらしさに更に落ち込んでいると隣に座っていた静雄さんが腰を上げた。そして学校方面を見ながらニッと笑う。
どういうつもりなんだろうか、いや、静雄さんの事だ一緒に探してくれると言うことなんだろう。でも、静雄さんがそうしてくれる理由が分からない。これは落とした俺が悪いんだし、覚えてないからと言って勝手に帝人に八つ当たりした俺が悪いんだし…。

「そんなけ大切なもんなら諦めるなよ。」

きっと静雄さんはそんなこと関係ないんだろうな。落ち込んでる俺を元気付けようとしてくれているんだろう。俺も重い腰を上げ、静雄さんにお礼を言って二人で学校へと歩き出した。


授業も終わり部活動に励む生徒を横目に俺と静雄さんは中庭へと入る。校舎を見上げこの辺りに落ちたんじゃないかというポイントを割り当てる。が、それでも範囲は広く、木に引っ掛かっている場合もあり、一日探しても見付からないんじゃないかとも思う。最悪諦めるしかない、それは分かるけど、帝人が覚えていないならそれも少し躊躇われる。もうあの想い出はあれしか知ってなくて、仮に同じ物を用意されたとしてもあのクマさんじゃなきゃ全く意味をなさない。それくらい大切なんだ。
見付からないかもしれない、最悪な最悪な方向ばかりに行く思考を引き戻したのは静雄さんの手だった。優しく頭を撫でられるその手に俺は顔を上げた。

「絶対見付かるから探す前からんな顔すんな。」

根拠もないのに自信満々に笑われて、静雄さんが言うとどうしてこんなにも真実味が増すのだろうか。はい、と笑顔を作り直せば手分けして探すことにした。

そして手分けして探すこと数時間。日も完全に落ちてしまい光を持ち合わせていない俺らはこれ以上探す事が困難になる。辛うじて携帯のライトを点してで探すが充電もそろそろ危ない。もう諦めるしかないかと思っていると俺と静雄さんとは別の方向からガサゴソと物音が聞こえた。こんな時間に誰か来るなんて何の用なのだろうか。少し前とは違い治安のよくなった来良学園に不良らしい不良はいないが念のためにと身構えた。
相手も何か探しているらしいのか光が地面を照らしあちらこちらと動いている。それがこちらを向いた時、俺は目を見開いた。

「正臣?」
「…帝人か?」

ライトが真っ正面から当たり眩しいと目を細めていると掛けられた声の主にこの場にいる理由が分からず俺は分かりきっていることを思わず尋ねてしまう。

「正臣…どうして…。あ、もしかして…」
「帝人こそどうしたんだよ。夜は危ねーから帰れよ。」

心当たりがないわけではない。一つの可能性が浮かぶが有り得ないと直ぐに否定する。帝人は忘れていたのだから。だからここにあれを探しに来たなんて、思い出したんだなんて期待はしない。
夜の街は危険だらけだ。まだ遅い時間じゃないがだからと油断は出来ない。そういう意味を込めて言うのだが帝人は首を左右に振る。

「もう少し探そうと思うんだ。正臣のストラップ。」
「みか…」
「酷いこと言っちゃったよね。何の理由も知らないのに人が大切にしてるものを簡単に買い直せばいいだなんて。他人とってはどうでもいいかもしれないものでも本人には大切なものがあるっていうのに。」

帝人の言葉に思い出したのかと視線を向けるがどうやら違うらしい。でも、そういう帝人の優しさは嫌いじゃない。
だからと言って帝人を遅くまで探させる訳にはいかない。

「だからって」
「それにね、あのクマさんがあの時のクマさんだとは思わなかったんだよ。だってもう何年も前なんだよ?あのクマさん、僕が初めて誕生日にあげたやつだよね?」
「…覚えてたのか…?」
「忘れてたよ。でも正臣の反応と見覚えあるので気付いたんだ。大切にしてたんだね。ありがとう。」
「…帝人がくれたもんは全部大切にしてるさ。」
「僕もだよ。だから見付かるまで一緒に探させてよ。」

帝人も覚えていた事に俺は少なからず驚いた。あれは本当小さい頃で、出会って2、3回目の誕生日プレゼントだったのだから。正しく言えば忘れていたのだが、でも思い出してくれたことが嬉しくて、俺は思わず帝人に抱き着いた。いきなりの俺の行動に反応しきれなかった帝人はそのままコケそうになるがなんとか持ちこたえた。

「ま、正臣?」
「もういい。」
「?」
「帝人が覚えてんなら諦めつくよ。共通の思い出がまだ生きてんだ。」
「…でも」
「そりゃ見付かるなら儲けもんだけどさ…これだけ探しても見付からねーんだ。だから、もう諦める。代わりに帝人がまた新しい思い出作ってくれんだろ?」
「…仕方がないな。」

ぎゅーっと帝人を抱きしめ全身で『嬉しい』を表す。
形あるものはいずれ失ってしまう。記憶もそうかもしれないが、それでも何十年経っても覚えていられることもある。
だから、もういいんだ。諦めるきっかけが出来た。
小さく笑うと一度帝人を離してまだ探してくれているだろう静雄さんの元へ駆け寄った。
まだ見付かってはいないが諦めることを伝えると数時間と同じように「諦めるな」と言われたがあの時諦めきれなかった理由と今回諦めた理由を言えば「そうか。」とだけ返ってきた。こんな時間まで付き合ってくれたのに悪いと思いつつ、帰りましょうと誘うとそろそろ仕事の時間だからそのまま仕事に行くと断られてしまった。仕事前にこんなことに付き合ってくれていたことに更に申し訳なさを覚えながら仕事頑張って下さいと声を掛けて帝人の元へ戻っていった。

「んじゃ、帝人に何買ってもらおっかな。」
「来年の誕生日までお預けだけどね。」
「何?!」



【色褪せない思い出】





正臣の後ろ姿を見送り、その隣にある影を見て静雄は目を細めた。自分には代わることの出来ないその立ち位置にいる帝人を静雄は少しだけ羨ましく思いながら懐からタバコを取り出すと啣え火を付けた。

「勝てねーな。」

空に煙りを吐き出すと目に留まる葉とは形が違う影を携帯の作る明かりに照らせば場に不釣り合いなクマのストラップ。正臣が探していたものだろうと直ぐに気付けば静雄は手に取りそれにキスをする。

「明日…届けてやるか。」
大事な物だと語っていた。それを渡した時の正臣の喜ぶ姿を思い浮かべながら静雄は実る事のない思いを育てていく。





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何日掛けたろ…(汗)久しぶりに一週間くらい掛けて書いた気分です。お待たせしました!緑様リクエスト、『帝正←静。帝人と仲良しな正臣を羨ましいそうに見てる静雄』でした!帝正なのに帝人より静ちゃんの出番が多いけど気にしない。
大変お待たせしました!企画参加ありがとうございました!緑様のみお持ち帰り、書き直し、苦情受け付けております+







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