予兆


この東の地アンガロスが超能力者達の戦いの場と言っても、普段は他国となんら変わらない普通の国だ。

流石に世界地図には乗っていないが、主に此処東の地をメインとして記載している地図を見れば
意図してみなければ見落としそうな程小さい字ではあるが、アンガロスと記載されているのを見る事が出来る。

他国同様、当然太陽が隠れると夜が来て、月が隠れれば朝日が昇る。
本当に、極たまにだが、見知らぬ旅人が訪れる事だってある。


しかし、何が故郷である中国と違うっていったら
俺は朝日を間近で感じられる事だと俺は常々思う・・・



まるでそこにあるかのように、
太陽が眩しい光を放ちながら砂地の水平線上から現れ、青空へと昇って行く


中国の自分がいる場所も結構な辺境地で、荒地が多いけど自然はまぁ豊かな方だと思っていた。
だけどこんな風に、真正面から太陽の日の出を間近で見られる事なんて、まずない・・・・


それだけじゃない。
近くにあるどの湖も池も、綺麗に水が透き通っていて
水底なんて当然見えるし、多種多様な生き物が自由に泳いでいる

最初此処に来たときには、広大な荒地しかなかったのに、
此処は、それはもう緑にあふれ、自然豊かとしか言いようのない街なのだ。



木々の中に一歩踏み出せば、色々な動植物と会う事が出きる。

この前なんて、少し森の奥を散歩してた時に
小さい頃、自分の秘密基地にあった木の実を見つけた。


あの時は、まさかこんな所で見られるなんて、っていう感動と
もうあの頃へは決して戻れないという寂しさに胸が震えたっけな・・・・・









「98・・99・・100!・・・っと、ふぅ〜」



俺は今日も早朝から日課でもある剣の素振りと型の復讐
そして、自分が一番好きなトレーニングを行なっていた。


この宿泊している宿の屋上からは、
アンガロスの綺麗で優雅な朝日を一身に浴びる事が出来る。

それを知ってからは、宿の屋上でこの朝日が上るのを見ながら、
こうして毎朝トレーニングを行う事にしていた。



勿論それは、同室者の陽が起きないように、との配慮もあるが、
何より、まるで自然の美しさを凝縮したようなこの素晴らしい朝日を見るのがすごく好きだった。


まるで、自分の心も綺麗になるかのような、そんな錯覚さえも与えてくれる、この太陽が・・・・・











剣の素振りと型の復讐が終われば
今度は、トレーニングだ



神経を集中させ左手の人差し指に気を凝縮する



それだけでも、凄い精神力がいるのだが、
それが出来たら、今度はその一本の指だけで身体全身を宙に浮かせて身体の重みを一心に支える。


この集中力が一瞬でも途切れたら
集中させた気は発散され、俺の指は見事に使い物にならなくなるだろう・・・・



集中力を瞬時に高め、気のコントロールを行なうには、これが自分には一番合ってる。





無事目標の30分が過ぎる頃には、身体には一杯の汗が浮かんでいた。

汗をタオルでふき取りながら
朝日を一通り満足するまで見終え、部屋へと降りていった。










「いない?トイレか?」


陽が寝ている筈の布団の中は、もぬけの殻だった。


熟睡タイプの陽にしては珍しい、と思っていると、
不意に背後から微弱な気配を感じた。




殺気なんかじゃない・・・


だが明らかにこちらの気配を窺う為に、出来るだけ気配を消している事が分かるその怪しい気配に



先程までの朝練で神経が集中し気が高まっていた俺は



ほぼ反射的に、持っていた剣を抜いてしまった・・・










「ぬわっ!!!」

「・・・・。陽・・・」

「わ、悪かったよ〜〜〜〜。只・・その・・お、脅かしてやろうと・・・・」

思っただけで・・・・


首に当たる冷たい剣先に冷や汗をダラダラ流しながら必死に言葉を紡ぐ陽
最後何て、殆ど何を言ったのか分からなかった。


俺は溜息を吐きながら、剣を引き
ギッと、それこそ殺し屋も逃げ出すような威圧感丸出しの視線を陽に注ぐ



「陽!いつも言ってるだろ!後ろから抱き着こうとするんじゃねぇ!!」


産まれてから、ずっと家でも外でも命を狙われていた蓮にとって、
後ろに気配を消されて近づかれると、無意識に身体は反応し敵に攻撃してしまうのだ。



名家である道家に生まれた悲しき習性・・・・・・




今までだって何度かこうして俺を脅かそうとした陽に注意してきたのだ。


今までは剣に手は伸びていても、ギリギリ抜く事はなかったのだが、
如何せん今日は間が悪かった・・・・・



今みたいに訓練後や戦闘後は、
まだ気が高ぶっているから、何時もより過敏になっているのだ。



陽もまさか剣を突きつけられるとは思っていなかったのだろう


真っ青な顔色で、何時もヘラヘラと笑みを浮かべている顔も、今では固く引き攣っている


俺の怒鳴り声に、陽は身体をビクッと跳ねさせた後
勢い良くドスッと床に座り込んでしまった。






未だ少し青白い顔で、呆然と俺を見る陽



( やっちまった・・・・)


俺は顔に手を当てて溜息を吐きながら天井を仰ぐ

さっきまで朝練してかいた汗と火照った体は、一気に冷めきってしまっていた。







陽のスキンシップは激しい

今日がまだ朝練の後だったから良かったが、これが戦闘の後だったら・・・
血を見る事だって不思議じゃなかった・・・・





( 今から宿なんて、見つかるかな・・・・)






こんな・・・
後ろから近付かれただけで剣を向けられる奴なんかとは、一緒に居られる訳がないだろう


それだけじゃない。
今までは大丈夫だったが、何時刺客が来ても可笑しくないのだ。
道家の跡取りである・・・自分には


まぁ跡取りでなくたって、
今までの俺の所業の数々を考えれば、今まで平穏に過ごせた方が奇跡に近いってもんだろう・・・・




こんな汚れた自分に・・・


こんな温かい場所は、しょせん高望みだったんだ・・・・





「お前は悪くない・・・悪かった・・・」



俺は、座り込んでいる陽に手を伸ばそうとしたが
陽は未だ青白い顔で俺を放心したように見るだけで、手を取ろうとしない



( そりゃそうだよな・・・・)


俺は自嘲の笑みを漏らして、手を引っ込めた。



こんな・・・

友と思っていた奴に、剣を・・殺気を向けられ
殺そうとした奴が怖くない筈がないのだ









蓮はまた無意識にフッと自虐めいた笑みを浮かべた


その笑みにハッとなった陽は、慌てて立ち上ろうとしたが
それより速く蓮は陽を残して隣の部屋に行ってしまった。


「しまった・・・」


陽は呟くと慌てて立ち上がり、蓮を追いかけ隣の部屋に入って行った。








「ッ・・蓮!何してるんだよ!!」

部屋の中に入った陽は驚きに目を見開いた。


「・・・・・」

いつもののんびりした口調は何処へいったのか
至極慌てた、怒りさえも含んだ声音が部屋に響いた。

しかし、蓮は返事を返す所か振り向く事さえもせず、
黙々と自分の荷物を片付けていた。



「ッ・・・なぁ蓮!さっきの怒ってるなら、何度も謝るから・・・」


バシッ!


「・・れ・・ん・・・」


肩に手を置いた瞬間、陽の手は振り払われてしまった
しかし振り払われた手の痛みよりも、漸くこちらを見た蓮の顔に陽は愕然とした。




何の感情もない無機質な無表情・・・・



まるでこの世の全てを・・・
自分さえも拒絶しているかのようなその表情に、陽は背筋が凍るのを感じた。


それでも今此処で立ち止まっていたら、蓮を失ってしまうと、もう一度手を伸ばそうとした。

けれど、それより速く耳に届いた冷たい声音に
それ以上手を伸ばす事が出来なかった


「何って・・・お前には関係ないだろ」

「関係ないってなんだよ!俺達友達だろ!」


冷たい口調に、泣きそうになる・・・・


でも此処で諦めたら、もう蓮が此処に戻ってこない事は分かってるから
今にも零れそうな涙を必死に我慢して蓮を見つめる


蓮はそれでも表情を変える事なく、陽から視線を外すとまた荷物を鞄に入れ始めた。





( このままじゃ、蓮が行っちまう!)




そう思った瞬間陽は堪らず叫んだ。


精一杯
心を閉ざしかけている蓮に、自分の気持ちが伝わるように・・・



「行かんでくれ!!!俺は・・・お前と一緒にいたいんよ!!」



懇願するような切ない声音に、陽の思いは伝わったのか
蓮は動かしていた手を止めた。



しめたとばかりにその手を掴んだ陽は、そのまま蓮を自分の方へと引き寄せた。
蓮はまさか陽がこんな行動に出るとは思わず、一瞬呆気に取られてしまった。


その隙を陽が見逃す訳もなく、そのまま蓮を自分の腕の中へと、強く深く閉じ込めた。





「頼む・・・いかんといてくれ・・・俺・・・蓮と一緒にいたいんだ」

「陽・・・・」


蓮は驚いたなんてもんじゃなかった。




普通は剣を向けられた相手にこんな真似できる訳もない。


正直、状況についていけない


数多の死線をすり抜け、
闇が蠢く裏社会では、知らぬ者は一人としておらず、最恐と歌われていた蓮でも

この状況はさっぱり分からなかった。










「蓮・・・頼むいかんといてくれ」


何て情けない声音だ。

まるで・・・女に懇願する捨てられそうな男の声だ、と
蓮はさっきまで冷え切っていた心が、ほわん、と温かくなるのを感じた。




「おいら・・・蓮と離れたくないんよ・・・・」



一緒に過ごし始めてもう一か月近くが経った・・・・

陽の試合も、普段のぐうたらな所、お人よしな所、
こっちの一言で簡単に拗ねたり怒ったりする、子どもな所



兎に角色々な陽を見てきた。

しまいには、日々緊張に包まれた試合の後なんかは
やっぱっり興奮が収まらなくて、溜まった情欲を一人で処理している所・・嫌これは見てないが、
そういった場面に出くわそうとした事や、そっちの話だってした事があるのだ。


だけど・・・・今の憔悴しきった陽は、見た事がなかった・・・・・・







何時もと違う必死な陽、傍から見たら情けなささえ感じる今の陽に、
何だか驚くよりも先に笑みが込み上げてきた。





「ククッ。分かったよ・・・・だからいい加減離してくれないか?」


抑えきれなかった笑いを零しながら、陽の顔を見る。




陽は、腕の力を緩めてはくれたが、
それでもまだ離す気はないらしい。


身長は陽の方が高いから、必然的に見上げる形になるのは癪だが
目じりが下がり、今にも泣きそうなこんな顔を見れるのは悪くないと思った。

それに何だかくすぐったい気持ちになる



全く。一見爽やかな好少年も、台無しだな。



陽はその性格と容姿で、結構人気がある
好青年なお兄さんと、小さい子からは懐かれてるし
付き人やパッチ族、それに大会に参加している女性までからも人気があるのだ。


まぁ本人が全く気が付いていないのが不思議だと何時も思う。


そんなこいつの今の顔を、好意を寄せている女達が見たら一体どんな事になるんだろうか


そう考えたら、何だか可笑しい気持ちになった。






蓮は笑いながら、陽の胸をコツンと手の甲で優しく叩いた。


「大丈夫だって。もう出ていくなんて思わねぇよ。」

「ほ・・本当か?」

「あぁ。」



まるで、犬みたいだな、っと
陽の新たな一面を知る事が出来て嬉しく思う俺は、相当こいつに毒されてるんだなって思うけど

それを悪くないと思う自分がいる事に、笑うよりも涙が出そうになって・・・・・


そんな自分を見られないように、陽の胸にコツンと頭を預けた











[2013/9/07]


[*前へ][次へ#]

9/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!