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10日で愛を、育もう
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 誰にも愛されたことはなかった。
 誰にも想われたことはなかった。
 所詮自分はドール。深いページの中に眠る、都合のいい性奴隷。
 そうなるために、作られたモノというだけの話。

 ページに正解のパスワードを入力されれば、否応なしに呼びだされる。
 少年は、自分が人間界へ呼び出される瞬間が嫌いだった。

(また、10日が始まる……)

 12月28日から年明けの6日まで、快楽を与えるよりも暴力を与える方が好みのギャングスターの元にいた。

 それから僅か二日後の8日、傷も疲労も完全にはなくなっていない少年を呼び出したのは、まるで堅気の若い男性だった。

 男性は、少年にハクという名と、チャーハンという食べ物を与えた。
 理由の掴めない行動に、少年は男性に猜疑心を抱いた。
 抱くための道具にこんなことをして一体何のメリットがあるのかが理解出来なかった。

 今までとは確かに違う、男の行為。

 一日目、とうとう男はハクを抱くことなく、布団の上で眠ってしまった。

「俺は抱かない」

 10日間与えられた、少年を好きに扱うといった権利へ、男は最初から放棄の意思を示した。

「よろしく、ハク」


 変な男だと、思った。




「おはよう」

 朝、ハクが目覚めるとすかさず隣の布団から声をかけられた。おはよう、という挨拶が朝の挨拶を示すものであることはハクも知っていたが、自分がそれに対してどう答えればいいかは分からなかった。

 今までの男たちはただいまもおはようもおやすみも滅多に口にしなかったし、したところでその後すぐに行為へ及ばれることがほとんどだった。

 だから、ハクは助の言葉に対して口を閉ざしていると、しかし助は「おはようって、返してくれると嬉しいんだけど」と言う。

「……おはよ」
「うん、おはよ」

 何が嬉しいのか、助はハクに白い歯を溢し、頭にその手を乗せようとしてきた。
 急に迫って来た腕に、ハクは反射的に、身を後ろへ流してしまう。

 人間の手は嫌いだった。それで自分を傷つける。

 助はハクの反応に、手を途中で止めて、そのまま引っ込めた。

「ごめん、まだダメだよな」

 まだも何も、“ダメ”じゃなく“いい”日は来ない。

(馴れ馴れしくする必要はない)

 いくら助が口で何もしないとは言ってきても、ハクはまだまだ助に対し警戒心を解いていなかった。
 最初だけ優しい、そういう契約者もいた。
 ハクがベッドの上で順応なドールだと知ると、途端に扱いが変わるような。


 “教師”という職業の契約者は今までいなかった。
 契約者はほとんどが自分で職業を明かすことはしなかったし、聞いたところで殴られるが関の山だったから、ハクは自分なりに推測を立てていた。10日家にいると、その大抵は予想付いた。ヤクザ、ギャングスター、闇商売人……。

 しかしこの男からは一緒にいてもどうにもそれが掴めそうになかったから、試しに昨日「どこに行っていたの」と尋ねたのだ。

 掴めるはずもなかった。中学校教師など。契約者の中でそんな明るみのある職に就いていたのは、いても警察官くらいだった。最もその警察官も怪しいものだったが。

「今日は臨時補習が入っているんだ。だから家を抜けるけど」

 わざわざ今日のスケジュールを教えてくれるが、全く興味はなかった。どうも教師というのは信じても良さそうだった。助からは、数々の修羅場を乗り越えてきた者たちからする匂いがしない。

「もう教えなくていい……っ、」

 不意に肩の辺りへ疼痛が走る。

「ハク? どうした?」

 助がハクの傷一つない清廉な顔を覗き込んでくる。引掻き傷は数知れず、痕は全身に付けられているはずだが、ギャングスターは、顔だけには暴力を奮わなかった。たまにあることだった。
 助との距離が狭まったことにより、ハクの顔は険しくなる。

「何でもないよ、近付かないで」
「何でもないわけないだろう、どこが痛いんだ」

 痛みなど表情に出してないつもりだったのに、助は言い放った。ハクの瞳が揺らぐ。

「どこも痛くない……」
「駄目だ。少しでいいから、見せて」

 口調は柔らかいのに、有無を言わせぬ力があった。
 ここでまた振り払うことも出来たが、場所が場所だった。ハクがいるのはベッドの上。ベッドの上では、契約者に抵抗してはいけないという本能が働く。今までそれで、どれだけ失敗したことか。

 無理やり脱がせてしまえばいいのに、助は律義にハクの反応を待っている。先程までは大人し目の笑みを向けていたのに、今は真剣なまなざしそのものだった。

「……勝手にして」

 助に聞かせるよう溜息をつきながら声を流した。

「どこが痛むんだ?」
「……多分、肩」


 言えば助は服の下を見据えるように視線を落とし。

「俺は脱がせられないから、自分で脱いでくれ」

 心配するようなフリをされ、このまま犯されるのかもしれない。むしろそれが自然だった。
 ハクは厚手の服をのろく脱いでいく。すると姿を見せた、白に近い肌の上に浮かぶ縄のような痕。元々は白かったであろうハクの肌は、肩から腰にかけて鬱血を起こし変色していた。

「これは……」

 助はハクの上半身を一瞥すると、隣の部屋に消えていった。上半身をさらけ出したまま放置されるのかと思ったが、助は手にいくつかのものを抱えてすぐに戻ってきた。

「男の一人暮らしだから、まともなのはないけど」
「何するの」
「湿布。貼ってやるから」

 下手に押し倒されるよりも、粘着質なものを皮膚へ貼ろうと迫られる方が得体に知れなく、ハクは助から顔を背ける。癖のない髪が頬にかかった。

「やだ、いらない。」
「怯えないでくれ。何もしない、貼るだけだから」


 怯えていないし、何もしないと言っているのに貼ろうとするなと、揚げ足を取る発言さえハクは満足に出来ない。

 助はハクの肩へ持ってきた湿布をそっと貼った。唐突な冷たさにハクの身体が跳ねる。上からぐにと来る助の指の感覚が気持ち悪かった。

「っ……」
「染みるか? でも、何もしないよりはマシだと思うぞ。勝手に取るなよ。あんまり酷かったらこれを痛いところに当てて」

 助は氷水をハクの足元へ置いた。足の指先がそれに触れてしまい、ハクはまた冷たさに顔をしかめる。

 助のしようとしていることは分かる。れっきとした治癒行為だ。
 だがそれさえも、ハクは今までロクに受けたことがなかった。痣は時間が解決してくれるし、痛みは既に慣れた。治療などしたところで、所詮また新しいものを植えられる。

 こんな傷痕、自分はもうどうとも思わないのに。

(どうして……)

 そっぽを向けた顔を戻すと、まるで助の方が痛そうな顔をしていた。

「保険証とかあれば、ちゃんとした病院とか連れていってやれるんだけど……。ごめんな、俺にはこれしか出来ない」
「別にこんなの……。放っておけば治るよ」

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