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10日で愛を、育もう



 予約を入れていた宿に着いて、部屋から外を見るともう日は暮れていた。

 ハクがユニットバスから戻る。入れ替わりに助もシャワーを浴びた。

 簡易な服に身を包んで部屋に戻ったとき、髪の毛が濡れたハクがベッドの上に腰をかけていて、助はどきりと心臓を跳ねさせた。

 夕食はもう済ませた。
 あとは、この晩だけ。終わったらいつもの狭いマンションに戻る。

「…眠たい?」
「ぜんぜん」

 助は並んだベッドの端、向かいになってハクと同じよう身体を落とした。
 そんな助へハクは俯き加減に口を開いた。

「……あの」
「なに?」
「となり、こないの?」

 まさかハクの口から、そんな言葉が出て来るとは。

「いや…」
「嫌なの?」

 思わず押し黙った。
 数秒、開いて。

「そんなわけない」「僕は嫌じゃない」

 同時に口にしていた。見つめ合いながら、助はハクへ近付く。そのまま、あの丘でしたのと同じようなキスをした。
 そこから更に深く。
 舌が侵入するのは、初めてだった。これまではキスすらあまりしてこなかった。

 ハクの舌も同じように絡んで、少しずつ息があがる。
 吐息すら、二人の間に閉じ込めてしまいたい。

「……やっぱり、嫌か」
「…嫌じゃないって、いった」
「じゃあ、なんで泣いてるんだ」
「泣いてないって」
「泣いてるように見える」

 自分が触れるたび、ハクが辛そうな顔をするのは分かっていた。人間になってからも変わらない。



「……すき」

 そうやって、言うときも。
 気持ちが溢れるときはいつもそうだ。恋人らしいこととか甘い雰囲気とか、そんなものを感じるたびにハクは。

「俺も好きだよ」

 ハクの隣に座って、頬へ唇を一瞬寄せる。

「…泣いてない」
「まだ言うのか」
「だって、うれしいのに、なんで泣くの」

 ハクの言葉は、たまに予想の遥か上をいく。

「うれしいのか」
「…多分」

 ハクの口から言わせたい、なんて。
 それは我儘だろうか。

「…あなたが触れると、…むずむずして…こんな、こんな温かくていいのか、よく、分かんなくて」
「もういいよ。ごめんな、言わせて」

 嬉しい時は笑えばいい。
 触れていて幸せなら、そのままそれを素直に噛み締めればいい。

 言っても、まだ理解できないだろう。
 ならこれから、それを当たり前にしてやれれば、当たり前のこととして受け入れてくれるだろうか。

「我慢してるんだ、これでも」
「何を?」
「触ることとか、キスとか」
「嘘」
「何でこれが嘘なんだ」
「じゃあ、何で我慢するの?」
「多分、ハクと同じだよ」


 未だに自分を選んでもらえたことが信じられない気分だった。
 自分以外に誰がいるのだと契約中いくら強気に思っても、いざハクが自分の目の前に変わらずいると、それが奇跡のようで、いつまでもいつまでも言い聞かせなければ、ハクがいつか消えてしまうのでないという不安が生まれ。

「怖いだろ? 触れられるのは」
「こわくないよ」
「だって、お前は…」

 かつて自分と同じ人間に。

「…だからあなたは嫌い」

 久方ぶりにハクの不機嫌を露わにした表情を見た。

「あなたは違うから、えらんだんだよ。怖くない。怖いのは……」
「ハク…」
「あなたが、あなたが触れるから、こんな気持ちになるのに…同じにしないでよ。…僕の身体は、きたないから、嫌かもしれないけど…」
「!?」

 何か重要なことを勘違いされている気がする。
 つくづく、歯車が噛み合わない。

「待てハク、俺はそんなふうに思ったことはない」
「だって、まだ抱かない」
「それはお前が」
「……」
「……」

 このままでは一生前に進めないのではと途方に暮れる思いがした。

「…好きだ」
「…僕も、すき」
「触れたい。もっともっと、全部俺のものにしたい」
「…そう、思ってた、の?」
「当たり前だ」
「当たり前…」

 何が当たり前で、何が普通で。
 ハクはまだ知らない。けれど知ろうとはしている。彼はもう、立派な人間だ。

「あなたも、泣きそうな顔してる」
「……それは多分、嬉しいからだ」
「……同じ?」
「同じだよ」

 感情をまっすぐ表に出せない、呼吸が目に見えない植物のように臆病者だ。

 助は部屋の明かりを一段階下げた。

「明日は早いから」
「うん」
「早いから、早く寝れるように、頑張ろう」

 言うと同時に、助はハクを優しくベッドの上へ寝かせた。

「……うん」

 頬を桜色に染めて、それでも目をまっすぐ見て返事をしてくれるハクを、計り知れないほど愛しく感じた。



 * * *



 恋という言葉は知っていた。好きと嫌いの違いは分かっていた。
 嫌いはあっても好きはなかった。好きの感情を与えられたこともなかった。

 初めて契約してから、コトハとの出会いがあり、そして助に出会うまで、何度痛めつけられただろう。どれだけ人間を憎んで、どれだけ諦めたのだろう。


 ふと思う。
 隣にいるだけで心が弾み、それなのにどこか安心できる。
 それより更に近寄ると、今まで知らなかった心の感情全部が、胸の高鳴りとなって、皮膚のひりひりとなって、身体にうったえ、それと同時に何にも変え難い温かさを感じる。

 今まで散々、憎んだ。今まで散々、諦めた。
 でも、今この瞬間が全てを上回る。

 だから涙が出そうになる。
 そんな自分を話したら、彼はどんな反応をするのだろう?

「ハク……」

 助の声が好きだ。助の息遣いが好きだ。助の微笑む顔が好きだ。助の自分を触れる、その指が好きだ。

「……そういえば」

 助がハクの服のボタンを開けていく途中、ハクは枕元のティッシュ箱を片目で捉えながら。
 すぐ傍の助にしか聞こえないくらいの呟きは変にくぐもっていた。

「なんだ?」
「あなたのこと、なんて呼べばいいのか、まだ、決めてない」

 あなたとしか呼んでこなかった。
 ハクはタイミングを失って聞いてこなかったが、今は何かずっと話していたい気分だった。

「何て呼ばれたい?」
「……えっと」
「ご主人様?」
「そういうの、どこで覚えて来るんだ」
「前の契約者がそうやって……。ぁ、」

 ボタンを全て外し終えた助がハクの前を暴く。

「ご主人様でも、何でも」

 助は鎖骨に顔を埋めて、指と舌でうっすらと均質に筋肉がついた胸腔部を這う。

「ハクが俺のこと呼んでくれるなら、何でもいい」
「……電気、消して」
「……見られるの、嫌か?」
「嫌とかじゃ、なくて……」

 浅ましい。
 何度も抱かれてきた身体を前に晒す。
 まだ怪我の痕だって残っているだろうに。

「消したくないな。全部見たい。綺麗なものは、全部目に収めたい」
「…………あなたって……」
「ん?」
「…いい。何でもな、ッン……」

 助が触れる部分から熱が起こる。ベッドが軋みをあげる音をやけに遠く聞いた。

「ちゃんと、息して」

 口を覆う手の甲をどかされようとするが、ハクは緩やかに首を振った。
 だんだん頭がぼんやりとして、とろけていく。その半面刺激だけは妙にはっきりとしていて、助が何をしているのかが感触で分かってしまう。急に頭に血が昇るようだった。

「大丈夫」
「っ……」

 ハクの指も助の指も同じように震えを起こしていた。恐怖だとか羞恥だけでなく、喜悦が滲み出ていた。


 壊れ物を扱うのと同じに助の指は優しく肌を滑る。
 大切にされている。言葉になんかされなくても言動で伝染してくる。

 突起の先端に、初めは緩く、やがて緩急をつけてやわやわと触れて行った。

「んっ……ッ、そ、んなとこ、いい」
「なんで」
「だって、触っても、ムダ」
「無駄なんかじゃないさ」

 ドールのときは好きなように乱暴にされていたが、助の触れかたは全くそれまでと異なる。あまりにも違いすぎてハクは混乱した。

 今まで何度もこなしてきた性交であるはずなのに、助が相手というただそれだけで何もかもが新鮮に感じる。身体は嫌というほど敏感だし、鼻にかかる声も出したくないのにおさえられそうもなかった。

 助は芯を持ち赤く尖ったハクの胸の突起を中心に、上半身全体を舐め回した。筋に沿って這う舌に背がベッドから浮きそうになる。
 除除に弛緩し、自分でも身体が上気しているのがハクには分かった。
 慣らしなど、この身体には必要ない。

「……綺麗だ」

 それでも終わりなどないかのように助が丁寧に解していくものだから、思わず腰を引いてしまう。
 腰の奥から湧きあがる甘い感覚に一瞬本気で落ちてしまいそうだと思った。

「……ぁ、いっ、」
「痛い?」
「いたく、ない。も、下、行って」

 助はハクの身体へまたぐような体勢で上乗りになり、ハクのベルトのバックルへ手をかけた。

 時間をかけて愛撫された身体の中心は既に存在を主張していた。外部にさらされるとより張りつめたような気がした。
 助の手が揉み下しながら上下に扱く。先走りの液体が甲へ乗って照り光った。

「くぁ、あ、んッ…」
「声我慢しないでくれ。キツいだろう。…一回、出しておいたほうがいいかな」
「や……」

 ハクは僅かに起き上がって助の手の上へ自らの手を重ね、動きを制す。

「いっしょ、に」
「……あんまり煽らないでくれ」

 困ったように笑って、助はまた一つハクの頬へキスを落とした。
 潤滑剤を取り出して手に垂らし、双丘の奥へ指を宛がい、やがてゆっくりと埋めていった。

「………ん、…」
「ハク、苦しくないか?」

 何度も確認する助だったが、ハクは久しぶりの感覚に視界がくらんでいた。微弱に頷くハクを見てから、助は指の本数を増やす。

 今触れているのは他の誰でもない助だ。
 そう思うと、余計に感覚が鋭敏になるようだった。
 肌と肌が触れ合う部分が熱いのに、どこか冷えている。

「ひ、っ… あっ、もっ…!」
「もう少し、頑張って」

 指で慣らされたそこは、すんなりとまではいかないが、助自身を誘いこんで受け入れていった。

「ハク、息吐いて」
「はぁッ…あっ」
「動くよ」
「…んぅ、…ぁ」

 快楽に流されそうになるたび、助のキスが拾い上げてくれる。
 欠片ほどになってしまった理性で、幸福だと感じていた。
 理屈でなく、波が押し寄せて来る。温かみと触れあっている。

(本当……この人に、出会えて、)

 どこかから生まれた涙が一筋頬を伝う。
 助がそれを舐めて吸い取る。

(この人が、見つけてくれてよかった…)

 絶頂へ近付きながら、ぼんやりとゆっくり流れる時の中で、思っていた。

「好きだよ、ハク」
「――あっ、あ!」

 昇りつめきった奥を助のものが一際強く刺激し、熱を一気に放つ。

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