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10日で愛を、育もう





 春風が頬を滑り桜の花びらが風に舞って落ちてきた。
 ハクの青い瞳の中にゆらめく形が映り、輪郭の一部分を溶かす。

 天気予報は桜満開の知らせを告げると共に、雪マークもともしていた。
 予想にたがわず、花びらと風花が混じりハクの鼻先につく。


 静かな丘の上、一本しかない桜を見るために助は4時間以上も車を走らせた。
 実家からそう遠くない場所で、小さいときからここが好きだった。
 春は特に。
 大きな桜の木に出会うためだけに、丘の斜面を必死で駆けのぼった。
 息を切らし頬は上気させながらも、桜の木が目に入るとそれだけで満足だった。

 今はもうそのような満ち溢れた精神はないが、ハクの手を繋ぎ情景をゆっくり眺めながら道を進んでいく、そこに違う形でのやすらぎがある。

 ひらひらと、花びらは木から、はらはらと、風花は空から。
 混じり、届く。

「桜、初めて見るか?」

 ハクはこくりと頷く。

「雪はあるよな」
「ちゃんと見るのははじめて」
「どうだ?」
「白い」

 ハクは両手でお椀の形を作り、落ちて来る雪を受け止める。
 小さな手の平に雪が落ちれば、すぐに溶けて水となった。湿ったそこへ今度は桜の花びらが。


「白…じゃないと、思ってたのか?」
「…雪だけじゃなくて。色がよく分からなかった」

 かつて鈍色の世界が、今は色づいていると。
 手の中に収まった花びらをつまみ、ハクは上を見上げた。白い息を口から吐き出しながら、頬を染めて目を細める。

 背中に鳥肌が立った。
 ハクが新しい世界を吸収するたび、より強く美しくなっていくような気がした。

「今は、分かるよ。雪は白い。桜の花びらは、桃色だけど、思ってたより色が薄くて、白いところもある」
「一枚一枚が集まって、桜色になるんだ」
「…きれい」

 風が一吹きし、ハクがつまんでいた一枚の花弁は空中に流れていった。ハクの髪の毛も風にゆられる。

 こんなに儚いと思うのはどうしてだろう。
 助はハクを後ろから抱きしめた。

「!」
「誰も人、いないから」
「…どうしたの」
「さらわれてしまいそうだ」
「僕が?」
「ああ」
「何に?」
「うまく言えないけど」

 困って微笑むと、顔を上げて見つめて来るハクは不思議そうに首を傾けた。
 しかしそのまま、ハクも助が回した腕へ腕を絡める。
 桜の木の枝、隙間から覗く青。
 
「きれいだ」
「うん、きれい」
「いや、景色じゃなくて、ハクが」
「な……」

 普段はそんなことあまり口にしないのにと驚き、ハクは一瞬呆けて、それから耳を赤に染めた。


「……ずっと、その名前でよんでるの」

 話題を逸らしたかったのだろうか。

 ハク。
 今はもう違くなった少年の名前を、助はそのまま契約中と変わらず呼んでいた。

「嫌か? 一部なんだし、今更かえないで、あだ名感覚でいけばいいと思ったんだけど」
「…逆」

 助がつけた名前、助だけが呼ぶ名前。

「そう、よんでて」
「ハク」
「うん」
「…ハク」

 降りおちる花びらと雪につつまれながら、唇をそっと重ね合わせる。

「……」

 長いこと、沈黙をしていて。
 ゆっくり瞳を開けながら、離れる。鼻先と鼻先がぶつかった。

「犯罪かな」
「なんで?」
「15歳だろ」
「それが?」

 息がかかり、肌が湿った。

「…関係、あるの?」
「ううん。ないよ。言ってみただけだから、気にしなくていい」

 確認してみた年は自分が想像していたよりも若かった。
 高校生だったら未成熟といえたかもしれないが、中学生となると大人びているという表現がハクには正しいのかもしれない。

 教え子と変わらぬ少年との恋など、今まで有り得ないと思っていたが。
 してしまったのだ。それもこんなに強い気持ちで。
 年齢なんかではない、この少年に惹かれている。

「そろそろ、宿に戻ろうか」
「…もう少し、見てていい?」
「気に入った?」
「目に、やきつけたい」

 じゃあ自分は、そんなハクを焼きつけよう。
 目を閉じても、脳裏に色あせず浮かぶように。


 丘の上、しばらく二人きりで静かな時を過ごした。

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