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10日で愛を、育もう





 * * *



 ページに正解のパスワードを入力されれば、否応なしに呼びだされる。
 都合のいい性奴隷、パソコンドール。


 とあるドールの、6番目の10日間契約者は、まず初めにコトハと名乗った。

 コトハはそれまで5人の10日間契約者とは確かに違った。
 彼はドールを、歪みながらも人間扱いをした、最初の契約者だった。

「私は料理が趣味でね。ドール、お前は何が好みだ?」
「コトハさんが作ってくれるものなら、何でも」
「いい子だ」

 コトハはドールによく笑いかけた。ドールがコトハの望むことをすれば素直に笑みをこぼし、ドールを褒めた。
 ドールはコトハに頭を撫でられることをいつしか気に入るようになった。
 コトハの撫でるその加減は、非常に心地がよかった。

「ドール、お前は本当に10日で去ってしまうんだな?」
「はい、コトハさん」

 コトハはよくドールに同じ質問をした。本当に10日で去ってしまうのか、と。


 その通りだが、それ以上も望める。
 でもそれは、ドールが直接口にしていいことではなかった。
 口にしたら、ドールは人間になれる可能性を自らで潰してしまう。
 だからドールは去ってしまうのだと言い続けた。

 コトハがドールの答えを聞くたび、何を思うのか。
 ドールには分からなかったが、コトハは初日から最終日まで、毎日問い続けた。



「お前の髪の毛は柔らかい。まるで人間でない」
「ありがとうございます」

 それがいつも情事のはじまりだった。
 頭を撫でて、それからベッドに押し倒される。

 ドールはコトハに好きなように抱かれた。
 コトハはドールを性欲人形として扱っていたが、ドールはそれでもよかった。
 コトハはドールを殴ったり怪我をさせたりするような行為には、一切及ばなかった。

 それまでの契約者に手ひどく扱われてきたドールにとっては、それだけでも奇跡に近かったから。

 コトハとの情事は大抵荒々しく、時にはドールが途中で意識を失うようなこともあったが、目がさめればコトハはいつも温かい紅茶を淹れてくれた。



「喉が辛いか?」
「大丈夫です」
「無理をしなくていい」
「無理なんて、してません」
「私に嘘はつくな」

 コトハは怒ると怖かった。

「……少し、痛いです」
「そうか。それじゃあとびきり利くのを淹れよう」
「ありがとうございます」

 コトハの作る料理や淹れる紅茶は絶品だった。
 それまでロクな食事をしてこなかったドールが、思わず感動してしまうほど。


 コトハが闇組織の棟梁らしき立場にいるとドールが察しついたのは、ドールがコトハの元を去るに近くなっていたときだった。
 コトハの下につく男たちが、コトハの自宅に招かれたことが一回あった。
 当然ながら、ドールもその場にいた。

「頭、何ですかコイツは」
「とんでもなく整った面してますね」

 得体の知れない男たちがドールの身体に触れようとすると。

「おい、やめろ」

 コトハは軽く手下たちを制し、それでもなお触ろうとした者には、力で制裁を与えた。

「コイツに触るな。お前たちが触っていいようなものでない」

 そう、ドールの頭を愛でるように撫でて。

「俺だけの、ドールだ」 

 ドールに微笑みかけた。

 コトハが仕事に行っている間、ドールはただぼんやりと時を過ごしていた。
 温かい空間に柔らかいベッド、そして契約者の笑顔に温情。
 今まではなかった安らぎ。
 
 低い声、高い身長、自分に向けられる笑顔。
 コトハの一つ一つがドールには新鮮で。

 いつしかドールは、コトハとの先を望むようになった。
 10日を終えても、この契約者と共にいたい。

「ドール、お前は本当に10日で去ってしまうんだな?」
「はい、コトハさん」
「そうか、それは残念だ」
「残念……」
「もっと、一緒にいたかった」

 最終日、コトハは言った。

 コトハの柔らかに触れる手が、好きだった。
 いくら強く身体をぶつけられても、そこにはかつて感じたことのなかった温かみがあるような気がしていた。

(10日が、終わってしまう……)

 終わってしまう、そう思った。

 パソコンドールは人間になれる。
 パソコンドールが望む。
 契約者が望む。
 そして。

「コトハさん」
「そろそろだな」
「コトハさん」
「どうした」

 10日目、ドールは無心で、口にしていた。
 二回の機会の内の一回を。


「    」






 契約が途切れれば、契約者はドールの記憶を失ってしまう。
 けれど、忘れない契約者もいる。

 ドールはチャンスを残せる。
 ドールという宿命から解放され、完全な人間になれるチャンスを。
 契約者の記憶を消さない方法。それはドール自身だけが知る。

 とあるドールは、コトハを一回目の相手に選んだ。

 まだ6人目で、自分が置かれている状況すら上手く理解できないうちに。



 全てはまやかしだった。

 “残念”
 “もっと一緒にいたい”

 本気で思っていたのは、自分だけだった。
 ドールはそこで、初めて気付いた。

 ドールの願い虚しく、コトハという男は、10日が過ぎ去った後、綺麗さっぱりにドールの記憶を失ってしまった。
 コトハはドールの望む答えを考えることすら、出来なかった。

 ドールは願う。契約者と10日を超えて共にいたいと。
 契約者は願う。ドールと10日を超えて共にいたいと。

 互いが互いに望んだときのみ。
 そこで初めて、ドールは人間になれる可能性を持てる。


 けれどコトハは忘れてしまった。


 ハクは、初めて心を許した男に、忘れ去られてしまっていた。

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