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10日で愛を、育もう
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 その中の少し赤みがかかったスペースへ。

 あり余るほど多彩な洋服が前に広がる一角。
 男物も女物も、さまざまな形態のそれを取りそろえる店だった。

「僕の?」
「あまり多くは買えないけど、一気に揃えよう。これなんかどうだ?」
「買わなくていいよ」

 助が手に取ったのは普通の人間が身につけるものと比価しても遜色ない。

「ずっとあの白の服というわけにもいかないだろ。洗濯している間は」
「……着せなくていい」

 ハクの身体は人間と全く同じ機能で、汗もかくし寒暖も知る。
 風呂に入れられた経験は多いが、服を洗濯に出されるのはまちまちだった。
 出されたとしてもその間は裸。どうせ行為に及んでいたのだから服など関係ない。10日間で服を着せられていた時間の方が少ないことだって珍しくないのだ。

「無駄だから」
「…何色が好きだ?」
「ちょっと」
「俺が買いたいから買うだけだ。お前が無駄とか思おうがそんなの関係ない」

 どうやら助は少し業を煮やしているようだった。声はとがり速い。



(関係ないって…)

 わざわざハクに服を買おうとしている男の言う台詞ではない。
 そうまでして、ハクの服を買うんだと。

(──この人も、わがままだ)

 ハクへ向ける強情さは変わらない。
 我儘の趣旨が、全く違うだけで。

 変な人と、再三思っていることをまた強く感じた。

(なんだろ…)

 変だけど、嫌ではない。
 その強情さの今までと種を異にするからか。

「…白で、いいよ」


 固形物は食べられない。白以外の服は落ち着かない。
 伝えようと思えば簡単に伝えられること、今まで許されなかったことを強引にこじ開けていく、契約者。

「白でいい?」
「うん」
「白が、いいか?」
「…?」

 服へ向いていた助の視線がハクにいった。そこで今まで助が自分を見て話していなかったことに若干なじみない感覚が起こる。ハクは見ない相手の目を見て話す、それが彼の基本スタンスだった。

「どういうこと」
「違いは、分かるだろう?」

 契約者の好きに扱われるのが、契約者を満足させるのがパソコンドールの意義。
 だとしたら、彼が自分に望むことは何なのだ。

 自分が求めるものを、知りたがっている。

「…白がいい」

 本心だった。
 言いなおすと、助は満足した。




「あなたが選んで」

 どの服がいいか、両方のハンガーを手に持ちパソコンのときよりも真剣に悩む助は、面白かった。
 外出の機会が残りの日数に何度あるか知れないが、助は部屋着とそれでないのと両方揃えようとしていた。
 試着するかと試着室を指差されたが、あんな空間で肌を出したくなかったハクは拒否する。

「じゃあこれでいいか」
「いい」
「よし」

「あのー…」

 勘定を済まそうと助がカウンターへ足先を方向転換したとき、二人に高い声が割り込んだ。
 茶色の髪を揺らすスーツ姿の女性。彼女はハクの顔を一瞥し頷いて。

「すみません、ちょっといいですか。こういう者なんですけど」

 助へ差し出された名刺がハクの方へも来るが、ハクは顔を強張らせて動かなかった。

「小さな広告カット用のモデルを探していたんですが…あなた、こういう仕事に興味ない?」

 一体何のことを言われているのか、ハクにはさっぱりだった。



「顔立ちは完璧だしスタイルもバランスを取れている。磨けば絶対輝くわ。どう、少し話を聞いて──」
「!?」

 まくし立てて迫る女性が、見えなくなった。
 ハクの両目に被さる柔らかい感触。

「すみません、駄目です。俺のなんで。他を当たって下さい」

 自分の眼を覆っているのが助の手であることに、後ろから聞こえた彼の声で分かった。

「行こう」

 目の枷は外され、彼にしては荒く手を握られる。
 歩き出す助の背中を追おうとしたら、足より上半身が先に出た。
 足がすくんでいたのだ。
 気付くと同時に恐怖や不安が全身を包み込んでいたのにも気付いた。心臓がうるさい。

 わけがわからないことを見ず知らずの人間にまくし立てられ、咄嗟に反応も出来なかった。助に目を覆われるまで、自分はいったいどんな顔をしていたのだろうか。

 今はもう普通だ。
 助が、なくしてくれた。


「……大丈夫か」

 角を曲がり女性の姿が見えなくなったところで助はハクを振り向いた。

「まさか声をかけられるなんて……予想外だった。ごめんな」

 こんなときでも、律義に謝る契約者だった。 

「…………ぁ、」

 喉よりもっと奥から声が出てくるようだった。

「……──僕は、あなたのじゃない」

 言わなきゃならないのは、そんな言葉ではない。


 俺のなんで、と。
 簡単に言いきった。
 咄嗟の状況で迷いなく、真剣に。
 
 治りかけのしもやけのように、むず痒く、温かい。
 それを、どれでも言い表すことは出来ないが。

 なんだか、くすぐったかった、とても。

「──あ。…ああ。そうだな」

 助はハクから手を離した。
 それまで握られていたのはまるで自然だった。
 今まで誰かに触れられることなど、不快や快楽しかもたらさなかったのに、感じるものが何もなかった。

「っと、売り場から離れちゃったな。早く戻らないと万引きだと疑われる」

 助はハクの手を握っていたのとは反対の方で、服をハンガーごと持ってきていた。




「今レジに行って、見つかったらまた声かけられるかもしれないけど…」

 ハクの小さな肩が小さく揺れ動いた。

「大丈夫だ。多分来ないし、もしそうなっても、俺がどうにかする」

 助はいつもの軽い調子で声を出し、だから俺と一緒に来てと、ハクのマフラーを、顔を出来るだけ覆うように上へ伸ばした。

「待っててもらってもいいけど…離れ離れになる方が、嫌なんだ」

 それは、ハクも同じだった。
 一人ここで助を待つのは、未知の世界に放り投げ出されるようで、それはとてもとても嫌で──。

 不安だと、思った。
 今、この契約者と一緒にいなければ、非力な自分は駄目なのだと。

 助の後を、ついていく。
 今日外に出てからずっとそうだ。
 そうするより他は、自分にはない。こんな外の世界は体験したことがない。


 洋服店のレジで、ハクは助の隣に隠れるようにして、立っていた。
 幸いにしてあの得体の知れない女性は目に入らなかった。

 会計を終え、大きな袋を提げた助とハクは、すぐにフロアから離れて一階へ下った。


「よし、あとは食料品だ」


 化粧品売り場を通り抜けた先、一階の大部分を占める食料品売り場は、強い光で包まれていた。
 さまざまなBGMがさまざまに流れているのに、それらが重なることはない。ハクは少し不思議な気分だった。

 まばらな人の中をただ助だけ見て進んでいくうち、冷凍食品の一角に、助がこの前作ったのと同じ名前のものを発見したが、パッケージの写真は彼が作ったのと具材も色も違った。

「……これも、チャーハン?」
「ああ、そう。えっと、チャーハンってのは、米を炒めてればだいたいそうだな」

 確かに粥は米を大量の水で煮れば粥になる。
 そんな大まかなものかとハクは思ったが、助がそんなハクの心情を知るわけもない。

「これ、食べたいのか?」
「別に」

 助が選んで入る食材に冷凍食品やレトルトのものは少なかった。
 男たちがあまり自分で料理をしないのは知っている。
 ただ、料理が趣味という契約者もいた。

「…………」

 ハクは結局食料品を買い物中、チャーハンについてしか口にせず、あとは黙って助が入れて増えていくカゴの中を見ているだけだった。
 米、野菜、ミネラルウォーター。
 少なくとも自分がこの契約者の元にいれる残りの日数は、それでもつような量だった。


「こんなものかな。何か食べたいものとか、あった?」

 ハクは首を横に振る。食に関してはほぼ無知無関心だった。

「じゃあいいな、並ぼう」

 まさか自分がレジに並ぶなんて、そんな光景予想出来ただろうか。
 否、ハクはレジがどんなものかも、その瞬間まで知らなかった。

「……知らないこと、ばっか」
「え?」
「……なんでもない」

 周囲の雑音で、ハクの細い声はすぐに掻き消されてしまう。
 小さく呟けば助は聞き返してくるが、誰に聞かせるものでもない声は、誰にも知られないまま消えていく。

(あれも、これも…)

 周囲を見渡せば、自分が今までに見たこともないものが四方に広がっている。

 知らないことばかりで、当たり前だ。自分は玩具なのだから。
 レジで、白黒の縦模様がついている商品たちが、そこを通して情報入力されていく。
 同じだ。
 所詮自分も情報の集合体。額の印が、物語っている。
 だから、こんなところにいるのは間違いな、はず。

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あきゅろす。
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