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10日で愛を、育もう
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「その服も、生徒からの借り物なんだ。中学校の、子供」
「……そう」
「当たり前だけど、ちゃんと洗濯はしてあるぞ」
「このマフラーは?」

 助のファッションについてなどハクは何の興味関心もなかったが、深紅のマフラーが彼の所有物だと思うと違和感がつっかえた。
 ややあって、助は答える。

「…それは俺のだ」
「そう」

 マフラーから彼の匂いはしない。ハクに巻かれるまで、ずっと棚にしまわれていて使われなかったものだ。自身が購入したものか──それとも、人からの貰い物か。

「……恋人とか、いる?」
「恋人?」

 ドールが出てくるのを知らないでパスワードを入力した契約者、下平助。
 例えこの契約者に恋人がいたところで何の不思議もない。

(僕が出てきたってことは──この人は、同性愛者だ)

 実は、助がパスワードを入力して現れたハクは、パソコンドールの中でも特別な種であった。

 パソコンドールは元来男の性欲処理としてその噂が広まったもの。そのほとんどが人間になったときに女性を模っているが、例外も存在する。
 “男を好む男”──パソコンのデータから、そういう契約者の元に現れる、それが現在助の前にいる、ハクであった。


(…知ったことじゃないのに)

 だが、助に特定の相手がいるとしたら、自分は邪魔物だと。

 助はまばたきを数回した。

「…いないよ。気遣ってくれてるのか、ありがとな」
「…別に気遣ってなんかない」

 ありがとう。
 そんな言葉が飛んでくるのは慣れなく、挨拶だってそうで。助はコミュニケーションを取る上でまず一番に大切なそれを、惜し気もなく口にする。一人の人間と接するように。なんてこともないときに、なんてことなく。

 ハクの言葉を最後に車内は寂として声なく、運転音のみが響いた。
 助が遠くないと言った通りやがて車は駐車場に入って行き、窓の外の景色が停止する。
 満空情報を知らせる電光掲示板をハクが見上げていたら、お前も降りるんだと、既に降りた助の声がやって来た。

「……ここは、どこ」
「電気屋。テレビとか携帯とか、電化製品が売ってるんだ」

 大きくそびえ立つ建物は助の住んでいたマンションとはまた違った意味で威圧感があった。
 さすがに助はもう手を握ってくるようなことはしない。隣について店内に入ると雑音が頭に轟いてきて、ハクは顔をしかめた。


 明るさが過ぎる店内は端が知れず、ハクには使用用途の理解出来ない数多くのものが陳列され、その間を人という人が行き交っている。

 衝撃とまではいかないがハクは息を呑んだ。
 数多の人を目にしたことはあるしこのような世界が存在するのも承知だが、その状況下に放られるのは初めてだ。

 思わず助の方を見る。助は無表情のハクが何を言いたかったのか分からなかったのかもしれない。そのまま歩き出した。
 ハク自身も自分が何を言いたくてその方向へ顔をやったのか不明だったから、また前を向いて助についていった。
 歩いていかなければこのまま一人残される。それが嫌なことは確かだった。

 助の足取りははっきりしていて、迷うことなく一つの売り場へ向っていった。目的の商品が並んでいる前で助の足は止まる。

「初めて見るか?」
「…見たことある」

 自分の棲家。眠る場所。そして自分自身。
 数多くの色や種類のそれが物言うことなく並ぶ。

「買うの」
「ああ、買いに来た」
「……」

 そう、この契約者は自分が現れるなんて知らなかった。パソコンが10日間自分になってしまうことを。今日買い物へ一緒に連れてきたのは──。

「違うよ」
「!?」

 ハクの髪が助の手にやわらかく掻き回され乱れる。
 今度こそ驚きに表情を染めたハクが助を見上げると、助もハクの目を見て優しく頬を緩めていた。

「お前が来たからってわけじゃない。前々から二つほしいと思ってたし、気負わなくていいんだ」

 生み出て来る不安を読み取り、ハクが把握する暇もないほどに打ち消していく。

(……なんで、そんなふうに笑うの)

 全て見透かされているようだ。
 ハク自身さえ言葉にして表せなかったマイナスの感情が、彼によって正体を露わにし、そしてどこかへ溶けてなくなってしまっていた。

「…手、離して」
「ああ、ごめんごめん」

 助はハクの細く素直な毛たちから手を離すと、どれがいいかとパソコンを選定し始めた。その間、ハクはずっと助の革靴を見つめていた。


「よし、これにしよう」

 助は黒のノートパソコンを購入した。元々特にこだわりはなかったのだろう、すぐに決めて購入手続きを終えた。
 ダンボールと共に店から出ていこうとする。

 騒音から逃げられるかとハクは少しホッとした。あまり長時間いたくなかった。
 店の奥では何台ものテレビが同じチャンネルを移している。酔ってしまいそうなそれを最後に見て、ハクは自動ドアをくぐった。
 外の空気が新鮮だった。店の中は空調が利き過ぎて逆に淀んでいるように感じられた。

「次もこんな調子だけど、大丈夫か?」
「大丈夫って、何が」
「何がって、えっと、…何だろうな」

 自分から尋ねておいてハクが聞き返すと言葉を詰まらせる。
 しかしそう答えることが何よりの肯定と思ったのか、助はまあいいかと言って、パソコンを後ろに積んでから車に乗り込んだ。
 ハクも自分から助手席を開けて座り込む。
 車の匂いは相変わらず別の誰かのもので、それが少し居心地悪かった。

 車は次に二人を大型のショッピングモールへ連れて行った。

 先程より広い駐車場を車が走っていくのを横目にハクはまた騒音の中へ身を投じなければならないのかと考えていた。

 空は嫌味なほど晴天だった。しかし北風が吹いていて時折ハクは寒さに身を震わせる。

 足などが凍えるそのたびにマフラーや手袋が寒さを防御しているのを体感した。
 マフラーは依然としてハクの首元をちくちくと攻撃してくるが他の目的があると言われればそれに抗うこともしない。

 店内はオレンジ寄りの照明に満ちていた。
 電気屋の強い白とは違いハクも心なしか気分が落ち着く。

「先に服、買いに行くか」

 助が行く方向を進んできただけのハクにはそう言われてもいまいちピンと来なかった。

「さすがに毎日借りてるわけにはいかないからな」

 黒い帯がひたすら動いていき上の階へと押し上げる。
 エレベーターが上っていく途中、両面に設置された鏡に見つめられているようだった。

 二階はまた光の色が違った。アイボリーで先程のオレンジよりも少し優しくなっている。
 しかしそれはエレベーターより降りた先だけで、周りを見渡すと場所ごとによってそれぞれ主張している色が異なっていた。

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