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10日で愛を、育もう
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「記憶がなくなる?」


 翌日の午前中、朝っぱらより買い物に行こうと思っていた助だったが、真夜中にそれを阻むイトウからの着信があった。助は寝ぼけ眼で応答しながら、彼の要件を聞き入れていた。

 電話の奥でする菓子袋であろうものを開封させる音と共に、イトウはやる気なさそうな声で告げたのだ。

『新しい情報が入ったから、来るといいよ』

 何についての情報かは教えられる必要もない。

 そうして助は、ハクがいる三日目、朝からイトウの部屋へ来ていた。

 今、助はあんぐりと口を開きパソコン前のイトウを見ている。
 挨拶もそこそこにして、イトウはいきなり口にした。

「君、この10日間の記憶、なくなるよ」と。

「なくなるって、どういうことだ」

「そのまんまだよ。パソコンドールと契約した者は契約終了と共にパソコンドールとの記憶を消されるらしい。もちろん関わった僕の記憶もね。これがパソコンドールについての情報が極端に少ない理由だよ」

「消えるって……じ、じゃあ、パソコンドールと過ごした痕跡はどうなるんだ」

「そこらへんまでは調べてなかったな。ただ、一例をあげると、金儲けをしたとしても、10日後にはきれいさっぱりなくなっちゃうらしいね。プラマイゼロだ」

「金儲け?」

 受け入れ難いことを言われながらも、助はそのフレーズへ如実に反応した。

「そ。10日後に記憶がなくなるなんて、君みたく前もって知る契約者は、まあ、ほぼいないと言っていい。だから、10日間を利用して金儲けしようと考える契約者がいても不思議じゃあない。方法はいろいろあるしね。一番手っ取り早いのは、ウリに出すことだ」

「そんな、馬鹿な……」

「利用者の多くは裏社会に通じてる人間ばかりだから、何でもアリさ。パスワードを入力すれば好きに扱える、それがパソコンドール。欲に飢えた男共に10日間高利で貸し出したり、もちろん自分の性欲処理にだって──」

「やめてくれ。もういい」

 助はそう頭を振った。聞きたくもない現実を振り落とすように。
 分かっていた、ハクの体や態度から大体予想付いたことだったが、改めて口にされてしまうと、痛い。
「……それから一日契約の話だけど」

 イトウは助の要望通り話を切り上げ、淡々と次の話題へ移る。
 その間にも、キーボードを忙しなく叩く手は止まらない。画面には新しいウィンドウが生まれは消えを繰り返している。

「10日間契約とはパスワードもURLも異にするらしい。何で二種類あるのかは知らないけど……ニーズに答えたってところかな」

「そうか……」

 記憶が消えてしまう、その事実と先程イトウが口にした言葉が耳に残り、助はどこか上の空だった。言葉が上手く滑り入ってこない。

(一日契約だったら……)

 ハクはもう自分の元にはいない。
 混乱のまま、特になんてこともなくその時を過ごしていたはずだ。

「……失敗だったかね」

 もんもんと考え込む助に、イトウは手の動きを止め、回転式のイスを回してふいとその姿を見下ろした。

「俺にパソコンドールを呼び起こさせたことか?」

「一介の教師な君が知ることじゃなかったかもしれない。今更な話だから、どうしようもないけど。うん、そう、どうしようもない」



 イトウは過去を捨て、それに囚われたりしない。
 余計なモノは余計なモノと割り切り、失敗は失敗で受け止め、雁字搦めにならないように器用に生活しているのだ。

 それとは正反対の生き方をしている助にとって、イトウのその性分は常に羨望の対象となっていた。

(そうだ、もう俺の元に来てしまったんだ。それに変わりはない)

 イトウも自分も、今更ハクを起こしてしまったこと事態に悔やむのは無駄だと、助も気持ちを切り替えるべく頭を上げる。

 その後も、一昨日と昨日で集めらたしいパソコンドールについての情報を、イトウは助へまんべんなく披露した。よくもここまで情報を集められるものだ。
 

 一通り話が終わったところで、話を聞いているうちに湧きあがって来た疑問を、助は素直に尋ねてみた。

「そういえば、パソコンドールの記憶がなくなるっていうなら、君はどうしてこういうことを知れるんだ?」

「パソコンドールを利用する人は記憶が消えるよ。でも、存在を知るのは利用する人だけじゃない。それに……」

「うん?」

 イトウはまだ何かを続けようとしたが、不意にそれを打ち切った。
 続きを促した助へ、しかしイトウは身体をまたパソコンの方へ向けてしまう。

「君にしては鋭いね。いい質問だ、君にしては」

 褒めているのか、そうでないのか、相変わらずこのイトウはよく分からないことばかりに舌を奮う。しかも、その表情は見るまでもなく無表情だ。どこぞのパソコンドールではないのだからと、助は溜息をついた。
 こういうときのイトウは、何を聞いても答えてくれない。

「今は未だ、機が熟していない」

 そう言われてもと、助には不満ともどかしさが募るばかりだった。

 イトウは腕まくりをし、キーボードに両手を乗せる。この寒い時期だが、部屋の中はこれでもかというほどに温まっている。むしろ、暑い域だった。

「実はさ、僕はずっと君が来るのを待っていたんだ」

「え、今か?」

「今じゃないさ。年が明けてから、君は必ず一ヶ月以内に新年の挨拶に来る。2011年になって、例年通り君がここに来るまで、僕は君を待ってた」



 イトウが助の訪問を何の脈絡もなく待っていたためしなど今まであっただろうか。あったとしても、こうして口に出したことなど。
 助は慎重に声を出す。

「そりゃまた……どうして俺を」

 イトウはあっけらかんとして。

「パスワードと、URLを渡すためだよ」

「ハク…──パソコンドールの?」

「パソコンドールだってそのときは確証なかったけどね」

 助はなんとなしに下げていた腰を上げる。横へどけていた物の塊たちが音をあげた。

 何も入っていないのに口をもぐつかせるイトウはガムでも食べたいのだろうか、助は的外れなことを推測する。

 良い時に来た、と言ったが、単なる偶然ではなかったとイトウは吐露した。

「なんで、俺に渡そうと思ってたんだ?」

 するとイトウは真面目なのかふざけてるのかどっちつかずな調子で。



「だって、パスワード見ただろ。『タスケ、ヨロシク』って、君以外に誰に託せば良かったんだい?」

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