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西行
2−14

何をしたのかは知らないが、おそらく先の紫色をどこかへ飛ばした奴にターゲットを変更する。
足音もなく、気配もほとんどつかめない。よほど訓練されているのだろうか?
だとすると少々面倒だ。訓練を受けているとすれば切れる札が多い分こちらが不利。
こちらがまだ場所をつかんでいないと思っているのか、本棚の側面に張り付いて動かない。
甘い。気配が極端に薄いとはいっても探りなれている者にはかろうじてだが、探知できる。
それに隠れる直前に視界の中に一瞬だけ映りこんだ黒いコートの裾。
足音が立たない範囲の速度で――つまりは通常と変わらない速度で――走りよる。
不意打ちのことを考慮して、接触より先に対象を囲むように刃物を発生させた。
・・・やはり、制御を外れて指定異常の刃物のカーテンを引いてしまう。

?「・・・は?・・・・・・まだ死ぬ気はありませんよ。分解『元素崩落』」

そんな声を聞き流しながら右手のマシェットで身体の回転も加えた一撃。
が、発生させた刃物と一緒にさらさらと流れ落ちていく。
体内で赤めの危険信号が鳴り響く。バランスを崩しそうになるくらいの勢いで飛び退いた。

・・・なんなんだ、こいつは?

警戒しながら少しだけ視線を下にずらしてこの黒長の足元を見てみる。
砂のように崩れて流れ落ちた刃物の粉の一粒も見つけられない。
いったいどこへ消えたのか。得体の知れない感覚が胃のあたりをゆるやかに締め上げてくる。
右手に大脇差を逆手で、左手にバスタードソードをそのまま完全な片手用に
小さくしたような、いい加減だがある程度の強度を持たせた両刃剣。こちらは順手。
黒いロングコートの右袖が小さく動く。次に少し大きく動いて手を開いた。
自分の刃物と同じように、何かが出現した。何をするのかははっきりとわかった。
何故だかはわからない。なんだか自分が刃物を出すときとよく似た感じだった気がした。
黒長の手には見るからに戦闘用とわかるがっちりとした棒が握られていた。
長さ、目算1.5m程度。格納場所、不明。おそらく発生させた。
体勢を安定させようと一瞬構えを外した瞬間に一気に距離を詰めて、
突きこむ。刃の側面にこするように棒を当てて流される。
流された剣先を巻き込むように身体を回転させ、そのままの勢いで横からの一撃を
叩き込むも、棒に阻まれ小さく火花が散った。どうやら金属に近いものではあるようだ。
息を吐き出しながら速度を緩めずもう半回転。回転中に軌道を調整する。
ぐっと息を詰めて左手の両刃剣で首を狙う。やはり阻まれる。
そのまま左手で胸に突き、同じ手で腕狙い、この連撃の間に順手に持ち直した
右手の大脇差の一撃と、三連撃を一息のうちに叩き込んだ。
しかし驚くほど冷静に払われ、受けられ、三撃目など両手を棒から離した状態で
対応された。迫ってくる剣に向けて棒を軽く投げ、剣にぶつかり帰ってきた棒の上下を
手足で抑えたのだ。しかも衝撃を流す間に右手で棒を握りなおし、
こちらが一方的に畳み掛けていたところに蹴りまで見舞ってくる。
意味がわからない。単純な実力なら今打ち合った感じ自分の方が上だ。
若干とかではなく、上だ。格闘戦闘能力は妖夢よりもまだ下だろう。
なのに何故こちらの攻撃の合間に空白が出来てしまったのか。
蹴りの衝撃を軽く飛び上がって打点をずらすことによりほとんど無効化する。
体勢不完全の状態で逆に押し込まれることを牽制するために右手の大脇差を
分解して投擲用のナイフに変えて投げつける。唐突に石の壁が黒長の足元から
出現してナイフを防いでしまう。着地、体勢と呼吸の安定、得物の再構築、思考の同時進行。
何故攻撃の合間に空白が生じたのか、おそらくあの黒長があの高速戦闘の中で
一つ一つの守備行動の対応速度を変化させていたのだ。自分の立ち位置も微妙に
ずらしながら。小さなタイムラグの連続でこちらの調子を僅かに狂わせた。
まずこちらにあわせた対応、次のは出来るだけひきつけてのやや遅い対応。
やや早めの払った直後の受けは刃が棒にあたる寸前に少しだけ移動して
接触時間をコンマ以下の単位だが、遅らせた。最後には完全に
自分のペースに入れる対応からラグの蓄積で生じた『間』への反撃。

神無「・・・・・・(―――我流だな)」

断定。こいつは『正直な戦い方』はほとんど経験していない。
癖が強すぎる。しかしその癖の強さで実力の差を補っている。
こんな鬱陶しい戦い方は特定の戦い方が染み付いた、実力者であるほど面倒だ。
自分の慣れた感覚の歯車の中に細かい『砂利』を流し込む。
二つの意味で舌打ちを一つ。一つはこいつの悪辣さに。
もう一つは間に壁を挟んでるのに仕掛けてきたことに。
足元に勘がレッドアラートを鳴らした。壁に急接近。
ほぼ同時に先ほどまで立っていた場所に五本もの水柱が噴き上がった。
天井にでもぶつかったのか派手な音を立てて大きな水の気配が拡散し、
ぱらぱらと大量の小粒があたりに降り注ぐ。

?「こんなとこで十分ですかね?」

走り寄りながら右手の再構築したばかりの大脇差をまたナイフに分解。
一本ずつ縦に並ぶよう投げつける。かなりいい加減に作られていたらしく、
狙ったとおりに刺さるし狙ったとおりにひびが走って、ひびとひびがつながる。
そのひびに小型のバスタードソードの重量を重くしての一撃を加えると、
少々拍子抜けするくらい簡単に真二つに切り裂けた。まあ、切れなかったなら
その時はナイフを足場にして飛び越えれば問題なかったのだが。
切り裂いた壁を抜けながら左右の得物の再構築。顔を正面に向ければ
遠ざかる黒のロングコートの後姿。追いかける。こちらの方が足は速い。
長々と追いかけっこは続かんだろうと思ったら急に反転、同時に姿勢を落として
床に手を突く黒長。反射的に緊急回避。またも足元狙い。今度は先ほどの五倍も数ある
先端を尖らせた大きな木が下から突き上げてきた。いつの時代かは明るくないが、
城門を叩き壊すのにちょうどこんな木を使っていたはずだ。二度ほど跳びなおして射程外へ。
その間に再度背を向けて走り出す。目の前にずずんと生えている木の床を見て直進を断念し、
得物と空中を制圧していた刃物の一部を分解して本棚を上る。少々突っかかりが少なくて
手はすべるが、足場をご丁寧にもこれだけ用意してくれているのだ。利用しない手はない。
一気に駆け上がる。無論足音は立てない。本棚と本棚の間に入り込んだのは確認済みだ。
すぐに再発見し、両手の指と指に挟むようにして計八本、刃を潰した大きめのナイフを生成し、
下方にいる黒い影に投げつけ、そのナイフに続くように得物を作り直して飛び降りる。
と、ナイフがあたるまで後一秒というところでふらりとよろけるように数歩後退した。

神無「―――っ!」

前もって投じたナイフが床に突き刺さり、遅れて自らの握っている得物が
どかんと重い音を立てながら床に刺さる。かなり深い。抜くのは即座に断念して
分解、大きめ重めを一振り再構築。俺の戦いの変わったところはこれだ。
通常と異なりいくらでも再構築できるから即座に得物から手を離せる。
下手に無意識に執着せずにすむから対応が早くなる。
衝撃を逃がすために低い姿勢になった状態からそのまま身体を回転させ、
力ずくの振り下ろしでまた作られた石壁を両断する。
ここで踏み込まないと剣の重さに手足をとられて動きが少し完全に止まるので
そのまま強引に踏み込む。まさにその絶妙な瞬間に更に低い体勢からの棒の一振りで
見事に足をすくわれる。左手にナイフ三本。身体を空中でひねって右手で受身、
左手で同時にナイフを投げての攻撃。まったく狙わなかったので一本として
黒い背中にぶつかることはなかったが。すぐに立ち上がり一本の大きな一振りを
左右二つに分けて走り寄り、間合いに捕らえて、横薙ぎの一撃

?「幻影『ドールオブインフィニティ』」

神無「ぬっ・・・・・・!」

が、空を切った。いや、正確には確かに黒長を切り裂いたのだが、
刃の通過した箇所から拡散して消え失せた。周囲を見れば黒長が他に四人。
左右の本棚の間に二体ずつ散開する。この戦闘の間だけで一月分くらい目の舌打ち。
腹の底の部分をくすぐられるような不快な感覚がじわりと広がっていく。

神無「っ・・・(・・・鬱陶しい・・・)」

ここまで深刻にそう感じる戦闘は初めてだ。ある意味で新鮮だが、不愉快だ。

神無「(早く無力化して・・・本を・・・)」

ちらりとすぐ近くに収まっている膨大な数の書物を見て、その視線の移動した方向へ
逃げ散った二体をそのまま追跡。すぐに追いつき両手の得物を投げつける。
避けられる。そんなことは計算済みだ。瞬時に肉薄し、高速で再構築した
刃を潰したショーテルで一体目の首をはね落とす。
棒を突きこんできた二体目のすれすれでかわしながら左腕をそのまま切り上げて
身体を回転させながらそのまま左手に構築したマシェットで頭を殴りつける。
両方はずれだ。刃を潰しているのに首を通過するはずもないし、
やはり頭部も通過するはずがない。第一肉質を感じなかったし人を斬った感じもしなかった。
振り返る。二体の黒長が急接近していた。まったく存在を認知できなかったことに
驚きながら、かろうじて振り下ろされた棒を回避しながら首にマシェットを叩き込み、
その後ろから接近してくる方にショーテルを投げつける。またも両方はずれ。
気が急いてくる。ほとんど経験したことのない頭に血が上る感覚が不快すぎる。
大きく息を吸い込み、吐き出す。幻影。気配を完全に感じない。
その場で静止し、神経を研ぎ澄まして本物の気配を探る。
気配の感じは先ほど覚えた。なまじ変に希薄な分探しやすいはずだ。
攻撃してくるには身体を動かさなければならない。であれば空気の流れが変質する。
唐突に気配が後ろから急接近してくる。頭より先に身体が反応した。

神無「――しっ!」

短く強く息を吐き出しながら振り返りざまに一振り。幻影を切り裂いた。
愕然とし、思い出してまたも舌打ち。幻影を発生させた直後もそうだったではないか。
幻影にも気配、質感を持っているものが存在する。
・・・・・・。ペースがまるでつかめない。
緊急回避。上から降り注ぐ夥しい数の炎の槍。確認と同時に手には投擲ナイフ。
本棚の上にある上手く確認できない黒い影に向けて、
殺すつもりで刃の潰したナイフを投げつける。

その時奇妙なことが起きた。

今落ちてきた炎から細長い光がどこかへ伸びて壁を作り上げた。
床から上部の光の線の間には赤、青、白、茶、黄の五色の何かが
グネグネと混じるように波打ちながら模様を常に変えているのだ。
その色の壁にナイフが接すると、触れた箇所から金属ではなく水で出来ていたように
そして水面に流れ込んだように、いや、それ以上になんの力も抵抗も感じさせずに
消えていった。心持目を見開く。まったく鬱陶しいまでに新鮮な一日だな。今日は。
荒々しく新しい一本。壁にゆっくりと突きたてていく。
何かに触れているという感触もなく壁に刃は飲み込めれ、やはり先のナイフのように溶けて消えた。

・・・・・・・・・。

感触が存在しないということは衝撃が存在しない。
つまりは破壊するための運動エネルギーが成立していないということだ。

神無「・・・・・・(ここまで・・・か)」

長く息を吐き出して壁に差し込んだ箇所までが綺麗になくなっている刃物だったものを
壁に投げつけて完全に処分する。何故かはわからないが、
刃物として正常に機能しないものは俺の能力の管轄から外れてしまい、
処分することも飛ばしたりすることも出来なくなるのだ。
両手を上げ、抵抗の意思がないことを示すと本棚の上から飛んで降りてきた。

?「苦労を掛けさせてくれますな・・・。そちらの姓名と能力、あと目的を」

・・・・・・まあ・・・、当然か・・・。と情報の守秘をあきらめる。
しかし、内心でこのペテン師がっ!と毒ずくくらいはいいだろう。
自分を囲んでいる妙な結界の色の歪み具合と経験したことのない
自分の腹黒さにいささか酔ってくる。

神無「・・・九重神無。刃物を生み出し、操る程度の能力。・・・目的は本の奪取だ・・・」

?「・・・ちょいと待ち。その指示をきっちり言ってみ?」

今までの応答の具合からは考えにくいほどに急な割り込み方で話を捻じ曲げた。

神無「・・・・・・。『ねぇ〜神無〜?最近暇だから紅魔館で本借りて来て〜。あ、妖夢の分もね〜』・・・以上だ」

きっちりと、発音や抑揚まできっちりと、復唱した。
ため息を吐かれた。

?「・・・やれやれ。神無さんとやら。それは『奪取』じゃなくて『借用』です」

先ほど紫色と対峙する前に無力化した赤髪の羽付きの方へゆっくりと歩ていった。
生存を確認しただけなのか、すぐに戻ってきた。

神無「・・・・・・・・・」

?「ちょっと、そのまま待ってなさいな」

ため息と同時に吐き出された呆れたような声。
蹴破られたようにがっぽんと口を開けている図書館の出口の方へ足を向ける。
・・・当然、妙な結界は解かれていない。

神無「・・・もし、この結界を俺が抜けたらどうする?」

先ほどのナイフの具合から想像するだけでも不可能なのをわかっていながら、
相手の反応を見てみる。もし人間なら通過するとかなら小さな反応を示すだろう。
・・・もし示さなければ試すことも出来ない。危険が大きすぎる。

?「・・・そのときは、頭をかいて誤魔化すさ」

振り返って続ける。特に何の変化も見受けられない。

?「後生だから、抜けてくれるなよ?」

そう言い残して大きな扉を閉めてどこかへ行ってしまった。








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