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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

 あずさが手にしていた刃物は、鈴の腹を深々と突き刺していた。が、鈴が後方へ倒れ、隼人が抱き留めた時には、刃物は抜かれた形になったのだ。そのせいで大量の血が溢れ出す。
 隼人の叫び声が、他の生徒達を振り向かせ、悲鳴と教師を呼べという声が怒号となって拡がっていった。辺りは騒然となった。
 あずさは茫然として手にしていた刃物を床に落とした。
「鈴っ!! しっかりしろ!」
 隼人が溢れる血を止めようと手で押さえる。
鈴は隼人を見上げ、何処も怪我が無いと知るとホッと吐息を零した。
「ごめんね、はや……とさ、……僕」
「鈴、鈴っ」
 隼人は血で濡れた右手で携帯をスラックスのポケットから取り出すと、晴臣に電話を掛けた。4コールで出る。
「父さん、助けてくれ、鈴が!」
 隼人の声は泣き声になっていた。
『どうした!?』
「鈴が、刺されたっ早く来てくれ!!」
『っ!?』
 電話の向こうで、薫を呼ぶ声がする。隼人は携帯を床に置いて鈴を抱き締めた。
 あずさは駆け付けた警備員に取り押さえられ、男性教師が携帯から救急車の手配をしていた。
「鈴っ」
「はや、とさ、ん……あのね? 僕あの人をひとりに、またしちゃうかも知れないんだ」
「……誰のことだ?」
 ―――ジン……。
 浅い息を繰り返していた鈴が涙を零す。
「鈴っ!」
 里桜が生徒会室に居たときひとりの生徒が駆け込んで来て、鈴の事を聞かされると慌てて駆け付けて来たのだ。鈴の眼が里桜を捉え、手を伸ばす。里桜は震えながらその手を掴んだ。
「鈴、鈴っ」
 涙で鈴の顔がぼやける。鈴はすまなそうに笑った。
「にいちゃ」
「鈴、大丈夫直ぐに救急車が来るからな? お母さんも直ぐ来るから」
「にいちゃ、ん……ありが、と。大好き、だよ?」
「っ!」
 里桜は息を呑んだ。鈴の手が里桜の手から滑り落ちる。
「鈴っ!?」
 薫るが晴臣に支えられながら駆け付けた。疾風も一緒だ。疾風は鈴を抱き締める隼人を鈴から引き離すと、薫るが鈴を抱き留めて泣き叫んだ。
「隼人」
 疾風の声が隼人の耳に届かなかった。隼人は茫然と鈴を見詰めていた。
「鈴、お願いだから眼を開けて? 里桜も居るわよ? 家に一緒に帰りましょうね? こんな所で寝ていたら風邪をひいてしまうわ。鈴、鈴っ」
 里桜は俯いて泣いた。直ぐに救急隊員が来て、薫を引き離すと、蘇生処置を施し始める。
 その光景を、ジンは驚愕して見詰めていた。その場に行ってはいけないと、本能が訴える。身体が狼に変化しそうになって、両手で身体を抱き締めたのだ。
 ―――鈴っ。
 ジンはあずさを憎悪で睨み付けた。
 後日、あずさは留置場の中で、首に獣に襲われたかのような噛み傷を残し、建物の隅で死んでいた。


 小早川鈴はカリフォルニアの暑い日差しの下で、大学の校庭を走っていた。
 大学の敷地内に寮が建設されて早5年。まだ新しいその寮へ鈴は息を切らしながら飛び込んだ。寮母が笑いながら鈴を呼ぶ。
「リン、お母さんから電話よ?」
「ありがとうございます。ミス・バーバラ。今日も美人さんだね」
「褒めても駄目よ? 外出許可はちゃんと出して。あなたまだ出してないでしょう。それに携帯持っていないの今時あなたぐらいね?」
「は〜い」
 肩を竦めた鈴は、寮母室の窓の横に置かれた公衆電話に出る。
「ハロウ?」
『鈴』
「久し振り母さん」
『元気にしてた? そっちは何時に出るの? 皆鈴の帰りを待っているわよ?』
「う〜ん、課題を今日これから出すから、夜には空港に向かうよ」
『そう。あなたの大好きな煮物を作って待っているわ。気を付けて帰ってきてね?』
「了解」
『あ、それと鈴。あなたいったいいつになったら携帯を買うの? やっぱりパパに買って貰えばいいのに』
 問われて鈴は唸る。以前使っていた携帯は、日本で落として壊れたので買い換えなければならないのだが。父親が買ってやるからと云うのを鈴は断った。バイト代で買うからと。
「バイト代入ったら買うから、じゃ、またね!」
『あ、ちょっと』
 鈴は電話を切ると寮母に一声掛けてまた大学の校舎に向かった。


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