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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)
あずさの気配
「父さん」
 疾風が豚汁とカレーの販売ブースに来ると、生徒とその家族らしき人達で賑わっていた。
「疾風、なんだもう買いに来たのか? まだ昼までには時間があるだろう」
「買いに来たんじゃないよ残念ながら。隼人が退院の迎えは良いそうだから、ついでにこっちへ直接顔を出すってさ。なんかあずささんのお父さんだっけ? 院長先生と話し済んだら来るみたいだけど」
「そうなのか? あぁ、私の携帯にメール来ていたのか。気付かなかったよ」
 晴臣が携帯を確認する。薫が振り返って「大丈夫?」と訊いて来た。
「だと思って隼人が俺に電話寄越して来た。あいつ…記憶戻ったってさ」
「っ! まあっ本当に? 良かったわ!」
「それは良かった。これで鈴君も…」
 晴臣と薫がハッとして黙り込む。
「?」
 疾風が首を傾げる。そこへ校内アナウンスで疾風が呼ばれた。
「わりぃ俺行くから」
「あ、あぁ。また後でな」
 晴臣と薫が見送り、薫は嘆息する。
「鈴君の気持ちを優先してあげよう」
「……ええ」
 涙を浮かべた薫が俯いて首肯した。


「オレンジジュース2つと、チョコクレープひとつ」
 鈴がメモを衝立の向こう側に声を掛ける。すると剛が鉢巻を巻いて「おう」と云った。結局剛はメイド役は没になった。何故ならその異様な出で立ちにちいさな子供が恐怖で泣き叫んだからだ。今は体操着に鉢巻き姿だ。剛本人は「助かった」と喜んでいる。
「お姉ちゃんのメイドさん可愛い!」
 幼稚園児が母親とやって来て、「一緒に写真撮って」とせがまれ、鈴はしゃがんで園児と保護者の携帯で記念写真を撮る。するとちょっとした列ができて、写真撮影会が始まった。
「鈴君のおかげで客ががっぽり♪ 鈴君は特別そこで看板やってて!」
 女子の一声に鈴が眼を丸くする。「一緒に写真撮って」は可愛いおちびさん達だけではない。何故かオタク系の怪しげなおっさんまで並んでいた。
「…午前中の我慢か」
「鈴」
 メイド服から制服に着替えた里桜が、鈴に声を掛ける。
「生徒会の方行くけど、無理するなよ? 女子には声掛けといたから」
「うん、いってらしゃい。あの、後で話があるんだけど、いい?」
「え? あぁ〜大丈夫だけど、生徒会の用事終わってからになるぞ?」
「うん、それで大丈夫」
 里桜が鈴の頭を撫でる。
「後でな」
 走って行く後ろ姿里桜をを見送る。
 ―――早く戻って来て。
 ふと、視界に保護者や生徒の人ごみの中であずさを見掛けた。が、直ぐに見えなくなった。
 ―――気のせい?
 此処に居る筈はないと、鈴は肩を竦める。写真を撮りながら、昨夜の隼人を思い出していた。
 ―――嘘吐いちゃった。いつか記憶が戻ったら、きっと僕は幻滅去れるんだろうな。
 でもその頃は自分はアメリカだ。もう日本には帰らないつもりでいる。
 この眼に焼き付けよう。友達の顔。剛や春彦。小早川の家族。
 ―――隼人さん。
「鈴」
 ジンがカメラを手にやって来る。背が高いのでよく目立つ。今日も女生徒達が纏わりついて来た。それには鈴が呆れる。
「ご飯は? 食べたの?」
「いや。校内は賑やかで好かん。早く静かな所に行きたいんだが」
「ジンさん、それなら私達と学校抜け出してどっか行こうよ!」
「あ、ずるい、私も!」
「私も行く!」
 ジンが眉間に皺を寄せる。女はどうも苦手らしい。
「こらお前ら、クラスはどうした!?」
 背後から疾風が怒鳴る。女生徒達が悲鳴をあげて、「けちっ!」と叫んで散らばった。
「まったく」
「ありがとう助かった」
 珍しくジンがホッとする。鈴がくすくすと笑った。疾風が眼を細める。昨夜は鈴の様子がおかしく、泣いて何が遭ったかは結局話してはくれなかった。
「あとで鈴にサプライズがあるからな」
 疾風がにんまりと笑う。が、刹那ジンが周りを一瞥した。
「鈴、俺から離れるなよ」
 ジンが屈んで鈴に耳打ちする。鈴が顔を上げる。
「あの女の気配がする」
 鈴の肩が揺れた。見間違いではなかったのだ。
 写真撮影は終わりとばかりに、ジンは鈴を衝立の向こう側に連れて行く。脳裏に見掛けたあずさが浮かんだ。
「鈴どうした?」
 剛が鈴とジンを見る。鈴の顔が蒼白だった。ジンが教室内の気配を探る。
「あの女が来ている」
 ジンのその言葉だけで剛は真顔になった。鈴は昨夜隼人に会ったのがばれたのではと心配する。
 ―――もう、会わないのに。隼人さんには幸せになって欲しいのに。
「鈴君、顔色悪いよ?」
 女生徒のひとりが云う。
「保健室行った方がいいぞ? 此処は落ち着いてるから大丈夫だし」
「そうね。鈴君行ってきなよ」
「ありがとう」
 鈴は体操着に着替えると、ジンと2人保健室へ向かった。


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あきゅろす。
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