鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)
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『私達の時間の邪魔をしないで欲しいのよ。この子の為にも。もう此処には来ないで欲しいわ』
何度も頭の中でリプレイされる。鈴は魘されて眼が覚めた。見慣れた天井。使い慣れた布団。自室のベッドで鈴は上半身を起こした。
枕元の携帯が鈴の手に触れて液晶画面が明るくなる。メール着信は宮根春彦の妹、美代からだった。メールを開くと『文化祭見に行くね』だった。春彦が誘ったのだろう。鈴は時間を確認して、日付が変わっているのに気付いた。
―――こんな時間じゃ返信できないな。
朝になったら忘れずにメールしようとまた横になる。
―――隼人さん、大丈夫かな。
本当に大切な人なら、自分が身を引くべきだろう。それは理解している。でも、怖い。あの温もりから引き離されるのが。
―――子供、産まれるんだな。
自分は男だから。当たり前の『家族』を隼人に作ってあげられない。だからこそ隼人には普通に幸福になって欲しい。だけどそんなのは我慢できない。鈴は相反する矛盾だらけの自分が嫌いだった。
隼人は里桜が持って来てくれたアルバムを見て、眉間を手で押さえた。
青年にしては頼りない、華奢な少年。鈴は自分のなんだ? 弟? 違う気がする。血の繋がらない里桜を見ても何も感じない何かを、鈴には感じられる。あの手を離していけない。夢に出て来る少年は、何故かオッドアイの不思議な子供だったが、死んで手の届かない所へ行ってしまった。
―――あの夢はなんだ? 昨夜も見た。現代じゃないような風景。
夢の中で少年をこの腕に抱いて。眼が覚めれば股間がエレクトしてトイレに駆け込むのだ。
「終わってるよな」
溜息を零して、その名を唇に載せてみる。
「鈴」
しっくりくる。あずさを思ってもなんとも感じない。
「いつっ」
ずきりと痛む米神に、眉間に皺を寄せる。眠らなければ。そう、何かがそこまで来ている。
“思い出せ”と。
朝になって、鈴は美代にメールを送った。
洗面所で顔を洗っていると、薫がおはようと声を掛けてくる。
「おはよう」
「今夜、学校で豚汁の下ごしらえやらないといけないから、里桜と何か出前頼んでくれる?」
「先生は?」
「疾風君は文化祭の設営で、教師陣で外食ですって。もう作るの面倒だから2人で出前ね」
「…うん」
この様子なら、用事が済めば晴臣と夜はデートだろう。久しぶりの出前に気分が少しだけ浮上する。だったのだが。
「俺? 俺は生徒会の連中と教師陣とで外食」
「なんで? 兄ちゃん狡いっ! 先生達も一緒なら、絶対美味しいご飯行くんだろ?」
「なんですか鈴、恥ずかしい事云わないの! もういつまでも子供じゃないんだからっ」
薫に叱られて鈴は脹れた。
「なんならジンさんを呼んで出前頼みなさい」
「「……」」
あくまで手抜きをしたいらしい。妊娠で大変なのは見ていて解るので、それ以上の我儘は云えなくなった。手渡されたメニュー表を眺めて、鈴は天重の高い方を頼もうと密かに考えた。
「お母さん、すっかりジンを家族の一員みたいに考えているよな」
「兄ちゃんは嫌い?」
鈴が里桜に訊く。里桜は唸った。
「嫌いじゃないから困るんだよ。悪い奴じゃないし、鈴の事をちゃんと考えてくれているみたいだし? ってかお前はどうなんだよ」
逆に問われて、首を傾げた。鈴も里桜と同じ考えに至っているのだ。眼が、ジンを探しているのだ。隼人じゃないのに。前世だかなんだか知らないが、今は隼人が…。
―――ダメだ。諦めないといけないのに。
直ぐにジンと隼人を比べてしまう。こんなのはダメだと思いながら、朝食を採って里桜と学校へ向かった。
女子の気合は凄いと痛感する。文化祭で着るメイド服が、男子の人数分仕上げたのだ。
女子は普通にエプロンで良い事になり、これには男子がブーイングだったのだが。女子には勝てないので、最終的に黙るしかなかった。
「メイド喫茶のチラシはコピーして、配れば大丈夫ね」
「材料調達班、と、高橋宜しく!」
体力のある剛が呼ばれて、メイド服の試着から逃げられると嬉しげだ。
いよいよ明日は文化祭。皆が落ち着かない様子で教室の飾り付けに気合が入っていた。そこへジンが群がる女子を引き連れて、鈴のクラスに顔を出した。ここの処ジンに憧れる女子が多く現れて、最近に至ってはジンの周りに女子が増えて来ていた。
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