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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)
見知らぬ人
 夢を見た。
『瑠璃は神の石だ。此処へ来たのはそなたの運命。神に導かれたそなたに相応しかろう。本来ならば他国の奴隷に身を落としても不思議では無い。だがそなたは神に近いこの神殿に連れて来られた。神の保護無くして如何ようか。イシス神に身と心を以て忠誠せよ』
 誰かの声が聞こえる。とても懐かしくて面映ゆい。目の前に立つ少年は、鈴よりも小さく10歳ぐらいの子供だった。碧い瞳の愛らしい子供。泣き出しそうなその瞳に、鈴は声を上げようとした。
「ルリ」
「イムホテップ様」
 子供は頬を染めて駆け寄る。誰も鈴の姿に気付いていない。
「今日はお前の好きなブドウを持ってきたぞ」
「それは…イムホテップ様。僕の事はよいので、他の僕よりも小さな子にお与えください」
 イムホテップの手に在る大きな粒を持つブドウは美味しそうだ。
「そう云うと思って、先程部下に用立てさせた。これはお前の分だ」
 ルリは双眸を見開き、小さな手をイムホテップの手に伸ばした。
「嬉しい」
 イムホテップは微笑んで、一粒のブドウをルリの口に運んでやった。ルリは恥ずかしげに唇を開いて、イムホテップ自らの手で口にしたブドウを粗食した。
「…美味しいです」
 日陰で寄り添う2人は、傍から見れば兄弟の様だ。だが、イムホテップはいずれこの少年を恋人として引き取ると誓っていた。ルリもまたイムホテップを慕っていたのだ。
 時は流れて、エジプトは戦に巻き込まれた。


 ふと、鈴は胸苦しさに眼を覚ました。
「水…」
 強い日差しの夢だった。あの後あの2人はどうなったのだろう。鈴は頭を振って、布団から抜け出した。まだ早朝早いせいか、部員達は爆睡している。
「夢だ。変な夢」
 鈴はミネラルウォーターを求めて、自分の鞄からペットボトルを取り出した。


 合宿が終わり、迎えに来たバスに乗り込んだ陸上部のメンバーと晴彦を乗せて、お寺を後にした。美代からアドレスの交換を頼まれて、鈴の携帯には友達の名前がひとつ増えた。(なんだか擽ったい)
 里桜は…生徒会メンバーは昨日、先に帰っている。
「んじゃ、またな鈴」
 自宅まで送ってくれた剛が自転車で帰って行く。鈴は小早川家の自宅を見上げた。玄関脇には夏の花々が出迎えてくれる。
「ただいま〜」
 合宿から帰宅した鈴は、荷物を玄関に放り投げて再び出かけようとした処へ、襟首を薫に捕まれた。
「帰宅早々何処行くつもり?」
「う、母ちゃんただい…ま」
 振り返った鈴は、見知らぬ客が薫の背後に居たのを見る。ぺこりとお辞儀をして、その綺麗な女性を見詰めた。ショートヘアの綺麗な人だ。
「こんにちは。あなたが鈴君?」
「は…い。え…と?」
 鈴は薫を見て首を傾げる。その鈴の背後から、疾風が帰宅した。
「鈴、おかえり。そこで高橋に会ったぞ…って……こんにちは」
 疾風も女性に気が付いて挨拶をする。
「こんにちは」
 疾風が両手に荷物を抱えて、鈴の背中をぐいぐいと押す。
「おじゃましています」
「おかえりなさい2人共。こちら山野井あずささん」
「あずさですはじめまして。私はこれで帰りますので。薫さん今日はありがとうございます」
「こちらこそ。またいらしてね?」
 嬉しそうに微笑むあずさに、鈴は眼を奪われる。初めて逢った筈のその人に、鈴は何か引っ掛かりを覚えた。
「薫さん、今の人は?」
 疾風が駐車場へ向かうあずさの後ろ姿を見送りながら、薫に訊く。
「それがね? あずささん隼人さんに婚約を申し込んだのよ」
 これには鈴と疾風が驚いた。
「でも、隼人さん大切な子が居るみたいで、お断りしちゃったのよ? 勿体無いわね」
 鈴は真っ青になるものの、断ったという事にホッとした。
「私、ぜひあの2人にはくっついて欲しいの。今日は煮物の作り方を勉強って事にして、家へ呼んだんだけど。あなたたちも協力してね?」
「協力って…」
「総合病院の娘さんですって。大学時代お付き合いしていたらしいわ。良い縁談でしょう?」
 薫が楽しそうに話すのを、頭の何処かで聞いている。
「隼人さん跡継ぎだし、あちらはお兄さんが継ぐらしいから、素敵なお話しなのよ」
 鈴は居た堪れなくなってその場を離れた。
「鈴」
「…」
 鈴は疾風の声を背に聞きながら、靴を脱ぎ捨てて隼人の部屋へ向かう。午前中が休診なので、部屋に居ると思ったからだ。
「…隼人さん?」
 ノックをしてドアを開けたが、隼人の姿は無かった。鈴は今度は玄関へ向かった。
「母ちゃん」
「まあ、鈴どうしたの?」
 玄関からキッチンへ向かう薫を捕まえた。
「母ちゃん、隼人さんは病院の方に居るの?」
「隼人さんなら出掛けてさっき帰ってきたんじゃないの? 駐車場で車の音がしたから」
「鈴?」
 駆け出した鈴に、階段を上がりかけた疾風が心配そうに声を掛けたが、その声は届かなかった。病院の裏手へ回ると、丁度隼人が病院のドアを閉める処だった。
「隼人さん!」
「…鈴?」
 振り返る隼人の胸に抱き着くと、隼人は驚きつつも鈴を抱き締めて背中を擦ってくれた。
「お帰り鈴。どうしたんだい?」
 優しく訊ねる隼人の顔を見上げて、鈴は泣きそうになる。
「何処にも行かないよね?」
「ん? 何処かに出掛けたいのかな?」
 そうじゃなくてと云いかけて、鈴は首を横に振った。隼人が昔誰と付き合ってたかなんて、今更知っても仕方が無い。大事なのはこれからだ。
「そうだ、鈴。マンションをこれから一緒に見に行こうか」
「マンション??」
 鈴は驚き双眸をぱちぱちとさせる。
「ついさっき、不動産屋から電話が来て、良い物件が在るからって連絡が来たんだ」
隼人は鈴の身体を離すと、手を握って駐車場へ向かった。
「此処からなら近いから、学校に行くのに問題は無いからね?」
「隼人さん?」
「…なんの話し?」


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