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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

「お前…子供に会ったのか?」
 上条の問いに、鈴音は飲みかけのコーヒーをテーブルへ戻した。
「……会ったわ。少しだけ。薫に邪魔されたけど、あの子、その時は小学生だったわ」
「…天音…鈴…」
「薫は再婚したわよ」
「っ!?」
 鈴音は窓の外を歩く、サラリーマンやOL達を眺めながら、食事は何にするかを訊くかのように話す。
「個人病院の奥様。今は妊娠中、あなたでもショックかしら?」
 上条は黙って、鈴音を見詰める。
 髪をスプレーで染め、眼鏡を掛けた上条を芸能人とは気付かずにそれでも、周囲の女性達がチラチラと見る。
「どうだろうな…今更だ。ショックなのは、子供が居るなんて知らなかった自分にだ!」
 不思議だ。逢って話しがしたい。どんな風に笑うのか、どんな声をしているのか。
「引き取りたいと思う? でも、プロダクションの社長は許さないでしょうね。週刊誌に叩かれるわよ?」
 上条は写真を封筒に入れて立ち上がる。
「薫が鈴を手離すかしら?」
 上条は鈴音を一瞥し、無言で1万円札を置いて喫茶店を後にした。
「誰です? あの美人」
 待たせていたマネージャーが、駐車場に置かれた車の運転席から、助手席に乗り込んだ上条に訊く。駐車場は喫茶店の向かい側に在った。そこから見ていたらしい。
「昔の幼なじみ。それより社長、まだ居るよな」
「居ますよ」
「相談があるから向かってくれ」
 上条は窓の外を眺めた。上条が育った環境は少し他とは違う。上条は両親と弟の4人家族だったが、上条が小学生の時、家族旅行を計画していたのだが、風邪をひいた上条の為に次回にしようとした父親に弟が癇癪をお越し、留守番しているからと上条は3人を見送った。泊りがけの計画だったが、その日は日帰りに変更した3人は、帰宅する筈だった。
『ひろちゃん、起きなさい』
 隣近所のおばさんは、母親に上条の事を頼んで行ったらしい。おばさんに起こされた時の事は、おぼろげに覚えている。
『今警察から電話があって……大丈夫?…』
『…何?』
『お父さん…達、眠り運転したトラックに……で、……たの。おばさん車出すから…』
 所々の言葉を、上条の脳は受け付けなかった。
 葬式は近所の人達がやってくれた。そこへ、父親の兄だと云う男に引き取られた。結婚していて、子供が居た伯父に連れて行かれた田舎で、鈴音達に出逢った。小学生の時だ。
 周りから薫とお似合いだとはやし立てられ、気付けば恋人同士になったのは高校に入って直ぐだった。普通に手を繋いでキスをしただけだった子供の恋愛だったが、双子の姉の鈴音の行動にはド肝を抜かれた。以前から俺に対して辛辣だった奴が何故と思った。が、その反面成る程とも思えた。鈴音は恋に対しては不器用なのだ。薫とはまた違った美人。今思えば鈴音は死んだ母親に似た面影があった。
 だから惹かれたのか。薫と付き合いながら、一方で鈴音にも心惹かれたのか。
 久しぶりの鈴音からの音信に、正直戸惑う反面喜びもあった。そして、一夜限りのセックスで出来たらしい子供の存在。今なら上条にも確信が持てる。
 鈴音は嘘を突かない。
 嘘が嫌いで真っ正直で不器用。今までどうやって生きてきたのか。気になる処だが、今は子供の事だ。上条にとって家族は絶対的な存在。上条があの日、弟が可哀想で3人で行って来てと云わなければ。次回一緒に旅行に行こうと、引き止めていれば、今も3人は上条の傍に居ただろう。だが、そうしたら、鈴音には出逢えなかったかも知れない運命に、どうしたら良いのか解らない。神様しか知らない。
「天音鈴」
 小さく言葉にしてみる。
 上条の子供。どんな声だろう。鈴音に似て不器用な性格なのか。
 目元や口は上条に似ているようだ。不思議だ。
 こうして写真を見ていると、小さかった弟にも似ていた。幼なじみのあいつと同じ苗字だった。
 天音直人…。静かなあの眼差しを思い出していた。


「俺が怒っている意味判るよね? 例の件とはまた別の話だって事も」
 里桜は両腕を前に組み、部屋の片隅で正座する鈴を見下ろしていた。里桜を怒らせると本当に怖い。
 ーーーやっぱり兄ちゃんは母ちゃんにこういう処そっくりだ。
「わ…判ってますです」
 シュンとした鈴が、チラッと縁側を見る。其処では、濡れたタオルを額に当て、横たわる隼人にうちわであおぐ疾風が居た。
「電話も出なきゃ、メールの返事も無い。それどころか……普通、知らない人に連いて行かない。知ってるよね? 前に誘拐未遂あったのまさか忘れてないよね?」
 そうなのだ。小学生だった鈴を、『可愛いね』とサラリーマンが鈴を抱き上げて、車のトランクに押し込んだのだ。偶然それを見付けた隼人が、慌てて男を殴り鈴を助け出した。


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あきゅろす。
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