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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

「鈴、おはよう」
「…兄ちゃん」
「お母さんたち買い物に行ってる。…まったくなんでいきなり此処に来る事になったのかな。説明して鈴」
 隼人が起きだしたので、鈴も上半身を起こす。隣に隼人が居て、里桜と疾風がテーブルを囲っている。
「僕…」
 隼人が鈴の背を撫でる。鈴は里桜を見詰めて、枕元に置いていたバッグから、戸籍謄本を取り出した。隼人が受け取って、相貌を見開く。里桜がそれを受け取って言葉を飲み込んだ。
「僕、かあちゃんの子供じゃなかったんだ」
 疾風も驚愕して里桜を見る。
「兄ちゃんに悪い事したな。僕家族だって信じて、いっぱい甘えてた。兄ちゃん…隼人さんの事好きだったんだよんね? もし…ね? もしも僕が…」
 涙が溢れて零れ落ちる。
「鈴、云うな。『いなかったら』なんて云ったら、俺が許さない」
 里桜が起こって睨む。不思議だった。小さかった頃、突然現れた小さな子供が『弟』だと云われ、言語障害でも必死に里桜の後をついて歩いていた鈴は、置いて行かないでとよく泣いていた。あれは置いて行かないでではなく『捨てないで』だったのではと今気付く。
「君は昔も今も、薫さんや里桜の家族だ。これからも、天音鈴は里桜の双子の弟で、甘えん坊でやんちゃな可愛い男の子だ。私の最愛の恋人だよ? 君は。父さんや薫さんには、流石に秘密だけどね?」
「おい隼人お前なぁ」
 疾風が頭を抱える。
 隼人は鈴を抱き締める。里桜が見ていても、疾風が居ても。
「私から離れないで。私をひとりにしないで欲しい。鈴が私の全てなんだ。里桜にとっても大事な兄弟に変わりない筈だ」
 鈴は濡れる双眸で隼人を見詰め、里桜を見る。
「鈴は今もこれからも俺の弟だよ」
「兄ちゃん、兄ちゃん」
 里桜に手を伸ばし、ワッと泣く鈴を里桜が抱き締める。
「鈴、お前の家族は此処に居るんだからな?」
「うん」
 鈴は真っ赤な眼になりながらまるでウサギだと疾風にからかわれていた。
 後日、鈴は疾風から、隼人を怒らせた後に車には乗るなと、忠告されて首を傾げていたのだった。


『私はいつも笑顔の鈴ちゃんが大好きなの』
 滝沢鈴音は泣き止まない鈴を膝に載せて、苛立ちながら云った。
 4歳の誕生日、小さなケーキを買って貰えた嬉しさで、ケーキの入った箱を手にしたまま、玄関で盛大に転びケーキを台無しにしてしまったのだ。
『いつまでも泣く鈴ちゃんは、ママ嫌い』
 ヒクッと泣き顔を、背後の鈴音に向ける。
『鈴ね? 泣かないの。だからママは鈴を嫌いにならないでっ』
 涙で濡れた顔を、小さな手でゴシゴシと拭う。泣かなければこの人に嫌われない。
 捨てられない。だから良い子で居る。
『泣かない鈴は良い子ね。ママ好きよ?』
 うん。良い子でいる。


『鈴ちゃんのママ遅いね』
 託児所の窓から外を見る鈴に、保育士が云う。外はマンハッタンの高層ビルが建ち並び、託児所が在るのは鈴音の職場の近くだ。
『ママ、お仕事忙しいの。だから鈴待つの』
 振り向かずに、自分に云い聞かせる鈴に、他の保育士が顔を見合わせる。
『あの子、此処に来てから一度も泣かないのよね』
『確かお母さん、出版社の勤務よね? 前はモデルやってたらしいけど。他に頼れる人いないのかしら…もうこんな時間よ?』
『アパートで2人暮らしらしいわよ』
 鈴は俯いて、涙を堪えた。泣いたら嫌われる。ママに捨てられる。鈴の小さな胸は、張り裂けそうだった。鈴音と鈴の親子関係に、終止符が打たれたのは、鈴が5歳の春。鈴音の仕事が原因で子育てが難しくなった為だった。
『鈴は、薫おばさんの所に行くのよ?』
 鈴音は鈴の手を握り締めながら、日本の祖母の家に連れて来られた。
『ママ?』
 鈴は首を傾げて見上げ、鈴と眼を合わせた天音薫を見る。その人は膝を着いて、鈴と同じ目線になる。
『初めまして鈴。私は天音薫よ。同じ年の里桜って子が居るんだけど、仲良くしてね? 今おばあちゃんとお買い物に行ってるの。もう直ぐ帰るわ』
『じゃあ、薫。悪いけどお願い』
 立ち去ろうとする姿に、鈴はびっくりする。


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あきゅろす。
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