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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

 だって、朝から何も口にしていない。親子はびっくりして、笑い出す。
『鈴! ったら! もうっ!』
 この後薫にしこたま説教を喰らう鈴だった。


「ばあちゃん、蛙!」
 縁側から飛び込んできた蛙に、鈴は大はしゃぎで捕まえる。ギックリ腰で動けなかった祖母のさえは、1週間を過ぎた辺りから動けるようになり、久しぶりの孫登場で大喜びだ。
「鈴、窓そろそろ閉めて来てくれる?」
「は〜い」
「……パパ里桜をお願いします。すみません、え? まだ帰ってない? きっと生徒会の用事が終わらないのよ。私からも電話しておきます」
 受話器を置いて、薫は溜め息を零す。鈴は時折遠くを見ては思い出したように笑う。このゆったりとした時間が好きだ。
「…鈴、お風呂入って来なさい」
「は〜い」
 鈴はバスタオルを受け取り、外に在る小屋へ向かった。
 さえの家の風呂は家屋の外に在る。鈴は蛙の鳴き声を聴きながら、満月を見上げた。


 ちゃぷんと水音を立てて、鈴は浴槽に入る。
「このお風呂、昔は広く感じたのにな」
 小さい時、里桜と水鉄砲で遊んだ記憶がある。悲しい事等感じる事無く当たり前の日常に安心していた。
『鈴ちゃん、君はどうしたいの?』
どうしたいのか、判らない。隼人が好きだ。ただ、自分の知らない隼人が怖かった。
 ーーーそうだ…怖かった。まるで隼人さんが知らない人に見えたんだ。
 あの日、テストを褒めて欲しくて、良い子だねって抱き締めて欲しくて。なのにあんな物を見たら辛いじゃないか。裏切られたような、悲しい瞬間。
「パジャマ、置いておくわよ?」
 薫がガラス越しに云う。
「は〜い」
 鈴は返事をして、浴槽の縁に頭を乗せた。天井は湿気で黒ずみ、まるでお化けの顔みたいに見える。昔里桜とビビって泣いた。
 ーーー今頃、隼人さんは、兄ちゃんはどうしているだろう。
 鈴はぼんやりとしながら、浴槽から出た。


「かあちゃん、出たよ?」
 リビングで話し声が聞こえ、思わず隼人かとドキンとしたが、夕方車に乗せて貰った親子が居た。
「こんばんは、鈴ちゃん」
「こんばんは。原田さん。さっきは助かりました」
 鈴はお辞儀をして薫の隣に腰を下ろす。12畳の居間にテーブルが在り、向かい側に原田親子が座っている。熊のように大きな息子は、今年大学を出て実家の農家を継ぐらしい。
「武ちゃん、大きくなったわよね? 男前だし」
 薫が褒めると、ちらりと武が鈴を見て紅くなる。
「鈴ちゃんも美人さんになって〜昔から可愛かったけど、モテるんじゃない?」
 鈴は苦笑いをして薫を見る。どうやら、この親子は鈴を女の子だと思っているらしい。薫は澄ました顔で、とんでもない事を云い出した。
「もう許婚が居るのよ〜お医者さんで〜写真見る?」
「まあ〜」
「許嫁!?」
「か、かあちゃん!?」
 おばさんは頬を染めて、見たいわと楽しそうにはしゃぎ、武は項垂れて母親に恥ずかしいぞと突く。薫は隼人と、小学生の頃の鈴の写真を原田親子に見せた。隼人の膝に乗って、鈴が隼人の頬にキスをしている写真だ。こんなのいつも持って歩いてるのかと、頭が痛くなる。
「カッコいいわね〜、鈴ちゃん羨ましいわ」
 鈴は紅くなり、そこへ武が鈴の手を握る。
「明日村の祭り在るんだけど、俺と見に行かないか!? こんな色男なんかより、俺が数倍いいじゃないか!」
 何故か武の闘争心に火が点いたようだ。
「「「……」」」
 鈴と薫と原田母がその手を見詰める。
「行って来たら? 気分転換になるわよ?」
 薫の後押しで、鈴は頷き武は喜んだ。その後、鈴と薫は原田親子を見送り、薫は鈴の眼前に見覚えの在る紙切れを見せた。
「あっ!」
 ぴらりと広げられた紙は戸籍謄本だ。
「話しがあるから来なさい。鈴」
 鈴は薫が客間へ行くのを、黙って後に連いて歩いた。人の荷物を探るなんて酷い。
「…ばあちゃんは?」


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