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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

 差し伸べられた腕に、鈴は素直に従い晴臣に抱き上げられる。
「鈴」
 隼人は訳が判らないと見詰めるが、鈴は晴臣に連れられて診察室へ運ばれた。


 点滴を打たれた鈴は、漸くして落ち着いたのか今は眠っている。里桜は晴臣から部屋に戻って良いと云われたが、気になって眠れないからと、こうしてベッドの脇に椅子を寄せて座っていた。
「魘されて吐くぐらいだ。何かあったんだろう」
 晴臣は血圧計とカルテを片付けながら、隼人を振り返る。酒が少し入っているので、このまま寝室へ帰るつもりらしい。
「怯えて云わないから困ってるんですよ」
 不機嫌そうに云う隼人に、晴臣が拳骨を喰らわせる。
「弟を怯えさせてどうする! この馬鹿もんが」
「…」
 その義弟に不埒な行いをしているので、隼人は反論が出来ないでいた。
「兎に角様子見だ。里桜君ももう寝なさいね?」
「…はい」
 里桜は頷いて鈴の頭を撫でる。
「鈴…?」
 眠りながら泣く鈴を里桜は見詰めていた。


 鈴はドクドクと鳴る胸を抑えながら、隼人の家から飛び出して自宅に帰ると、リビングで薫と薫のお姉さんが居た。めったに見ない伯母の鈴音は、アメリカの出版社に勤めるキャリアウーマンらしい。鈴はどちらかというと、薫や亡くなった直人よりこの鈴音に容姿が良く似ていた。長い髪を揺らめかせるこの鈴音を、鈴は正直あまり好きではない。
 何やら薫と揉めているらしい。
 −−−ゆ…め?
 鈴は12歳の自分を見詰め、リビングに居る薫と伯母の鈴音を見た。
 −−−…思い出した。
 思い出したくなかったのに。聞きたくないのに。鈴は悲しくなって、唇を噛んだ。
「姉さんわがまま過ぎるのよ、鈴を振り回さなで! そんなに云うならどうしてあの時鈴を捨てたの!?」
「振り回すつもりはないわ。あなたには感謝してる。でも、やっぱり私にはあの子が必要なのっ」
 背中を向けて話す鈴音は、鈴が帰宅した事に気付かない。が、鈴に気付いた薫がハッとして、玄関に居る鈴に駆け寄った。
「お帰りなさい鈴、今帰ったの?」
 −−−母ちゃん。
 いつもの優しい笑顔に鈴はホッとする。
 鈴音は驚いて玄関へやって来た。すらりとした美女はどこか鈴にやはり似ていた。
「鈴…」
 微笑しながら鈴に手を伸ばす。が、鈴は怖くなって薫に抱き付いた。
「鈴、2階に行っていて。良い子だから、それから里桜がまだ熱出して寝ているから、静かにね?」
 鈴は薫を見上げ、頷き急いで2階へ駆け上がる。
「鈴っ!」
「姉さん! 約束は守って。鈴は里桜の弟なの。あの子は私の家族なのよ」
 鈴は震えながら耳を塞ぎ、早く鈴音が帰りますようにと祈った。眠る里桜の傍で、鈴は泣いていた。
 その日の晩から3日間、鈴は高熱に魘されて4日目には、嫌な記憶を都合よく封じていたのだ。


 真綿のようにくるまって、このままで居たい。薫が居て、里桜が居て。大好きな隼人が居て。だから大丈夫。怖くない。誰も鈴を傷付けない。笑顔でいたら、此処に居られる。
 誰も鈴を捨てたりしない。
「鈴」
 鈴はうっすらと双眸を開き、首を傾げた。見覚えのある天井。横を向くと、隼人が居た。
「おはよう。気分はどう?」
 鈴はいつの間にか、隼人の自室のベッドで眠っていた。隼人が運んだのだと直ぐに理解する。鈴は起き上がって、ベッドから出ようとした。が、隼人が背後から鈴を抱き締めた。
「昨夜は驚いた。今日はこのまま此処に居なさい。片付けは…」
「自分でやる」
 鈴は顔だけ振り向いて、そう云った。『良い子』で居れば、『家族』のままでいられるのだ。大好きな里桜の『弟』でいられるのだ。だから、自分の事は自分で。迷惑にならないようにしなくては。そうじゃないと、鈴の居場所が無くなる。
「…具合は?」
「大丈夫だよ?」
「鈴」
「早く荷物片付けないと」


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