(※痛表現注意)




「貴方が大嫌いなんです。目が合っただけで苛々して、貴方の声が私の鼓膜を揺らすだけで腹が立つんです。ましてや笑顔なんて見た日には吐き気がして堪らなくなる。ねえ、貴方何で此処に居るんですか?」





世界がぐらぐらと揺れている。目の前でランスさまが此方をじっと見詰めている。いや、睨んでいる。
喋りたいけど喋っちゃいけない。またランスさまをおこらせてしまうまたランスさまになぐられてしまうそれはだめだそれはいやだいたいのはもういやだだれかだれかだれか、
「っあぁあ」
思わず名前を口走りそうになってしまったが、ぐっと踏み止まる。でもだめだ、勝手に口を開いたから怒られてしまう。しかもそれがあの人の名前だなんて、
「誰が勝手に口を開いて良いと?」
「っい、」
左頬に衝撃、鈍い音。骨と骨がぶつかった。じわりと涙が滲む。発した声が言葉を為していなくても、ランスさまの鼓膜を震わせてしまった事に変わりは無いのだ。彼はその事に対してとても怒っていらっしゃる。今すぐ謝罪をしたいけれど、その為にはまた口を開かなければならない。何という悪循環だ。
「何か言う事は?」
「……ごめ……っなさ……」
有難い事にランスさまから発言のお許しが出た。なのに上手く脳が回らない。上手く舌が回らない。回らない器官を必死に動かして言葉を紡ぐ。
「ねえ、今何と言おうとしてたんですか?」
「…え……」
「返事が遅い。」
「っ……!」
今度は右頬に痺れる様な痛みが走る。口内に鉄の味が拡がり、ああ切れてしまったのかとぼんやり考える。
「ほら、誰を呼ぼうとしたんです?」
「…あ、ぽろ、さ…を……」
誰を、なんて尋ねる時点で本当は解っているんだ、俺がアポロさまを呼ぼうとした事を。本当は俺なんかにそんな事出来ないっていうのも解ってる癖に。
「…ねえ、私が何故貴方にこんな事をしてるか解ります?」
「わ…かりませ……」
考えるより先に口が動いていた。ずっと疑問だった事だ。何でランスさまは俺なんかにこんな事をするんだろう。そんなに嫌いならこんな奴構わなければいいのに。
「…私、こう見えてもアポロさんの事を一人の上司として尊敬してるんですよね。」
急に肩を掴まれ、床に押し付けられる。身体の上に馬乗りになられ身動きが一切取れなくなってしまった。
「いつか、アポロさんの様になりたいと思っています。同じ視点で世界を見てみたいと。……けれど、」
急に頭に激痛が走る。顔を上げると、ランスさまに髪を思い切り引っ張られていた。
「一つだけ理解出来ないんですよね。何故アポロさんが貴方なんかを好きなのかが。どうしても私は貴方が大嫌いなんです。ですが、私はアポロさんを理解したい。一つくらいなら、貴方の事を好きと思える点があるかもしれない。笑顔が駄目でも、泣き顔なら気に入るかも。笑い声が駄目でも、悲鳴なら。……まあ、」
結局何れも不愉快になるだけでしたけど。そこまで言ってランスさまは言葉を発する事を止めた。頭の痛みも消えたと思うと、視界に引いていくランスさまの手と何本かの細い糸が見えた。(ああ、あれはぼくのかみのけか)
「まだまだあの人の全てを理解しきるには時間が掛かりそうですね……。」
溜め息と共に俺の団員服の裾を掴みぐっと捲り上げられる。腹から胸の辺りまで肌が覗いた。
「……汚らしい。」
顔を覗かせた肌を見て怪訝そうにランスさまが呟いた。俺の身体は、ランスさまに与えられた傷痕で一杯だった。変色している所や今にも傷口が開きそうな所、こんな傷痕だらけの身体なんて確かに綺麗とは言えないだろう。
でも、こんな身体にしたのは貴方じゃないですか。
「っい……!」
青く変色した痣を親指で強く押され、鈍い痛みが走る。やだやだやだ、いたいのはもうやだ。
「や、だぁああぁ、あ!」
糸が切れたみたいに大きな声で叫ぶ。怒られてしまうだとかもうそんな事はどうでも良かった。結局何をしたって怒られる。何をしたって殴られる。俺に目がある限り、口がある限り、息がある限り、命がある限り。
「……く、」
その時、ランスさまも糸が切れたみたいに笑いだした。あああ、とうとうランスさまもおかしくなってしまった。また俺の顔や身体に沢山の痛みが走り出した。
「良いですよ、凄く良い。もしかすると、」
貴方の事を好きになれるかもしれない。その言葉を聞いた時、俺の意識は闇に沈ん、だ。














ずき
(やさしく刺してほしい)














20100317
25

title:joy















あきゅろす。
無料HPエムペ!