ひうらさんへお誕生日


電話台の上に掛けられたカレンダーを見上げる二人の少年。真剣な眼差しで印刷された数字を数えている。
「……みつなり!いよいよこのひがやってきた!じゅんびはいいか!」
「きさまにいわれなくともわかっている!」
「よし!ならばいこう!」
そう言うと二人は自室へと向かい、色違いのリュックにスケッチブックやクレヨンなどの荷物をせっせと詰めこれまた色違いの上着を羽織りリュックを背負った。
「「かんべえ!!」」
「んー?」
部屋から飛び出し、椅子に腰掛け朝刊に目を通していた男に声を掛けた。かんべえと呼ばれた男はそのまま新聞に視線を送ったまま気の抜けた返事をする。
「ぎょうぶのところにいってくる!」
黒髪の少年、家康の言葉に初めて男が顔を上げ二人を振り返った。
「何?刑部はちゃんと知ってるのか?」
「しっている!」
家康の隣に立っていた銀髪の少年、三成が頷きながら答えた。
「二人で平気か?」
「へいきだ!いってくる!」
「気を付けてな。あまり遅くなるなよ」
「わかっている!」
いってきます、と明るい声を残し二人が家を飛び出したのを玄関から新聞を片手に見送ると、男はしっかりと戸締まりをした後先程まで見ていた新聞のページを開きながら居間へと戻って行った。



小さいながらも風格と気品の漂う立派な和菓子屋。二人はその店に入ると静かな店内に明るい声を響かせた。
「「こんにちは!」」
その声を聴き店の奥から一人の男が現れた。男は二人の少年の姿を確認すると薄い笑みを浮かべ声を掛ける。
「おお、来やったか」
「きた!ぎょうぶ、きょうはよろしくたのむ!!」
「たのむ!」
「あいわかった、二階に上がって待っておれ」
ぎょうぶと呼ばれた男の言葉に二人は笑顔で頷くと、男が出て来た店の奥に向かって走り出した。ばたばたと階段を駆け上がる音を聴くと、男は店先の暖簾を下ろし扉を閉め施錠した。その後先程の少年たちと同様に店の奥へと向かうと、自宅になっている二階へと階段をゆっくりと登って行ったのだった。



「さて、始めるか」
男、大谷の言葉を聴き、家康が突然何かを思い出したようにリュックを下ろし中からスケッチブックを取り出した。
「ぎょうぶ!わし、せっけいずをかいてきたんだ!」
ぱらぱらと画用紙を捲り目当てのページを開くと、家康は自信有り気な表情でスケッチブックを大谷に手渡した。それを受け取り、“せっけいず”に目をやった大谷の動きが、数秒間静止する。
「これは、まあ……何とも、」
そして右手を顎に添え少し首を傾げる。
今日は、二人と一緒に暮らしている男、黒田官兵衛へ贈る“ある物”を作る為に大谷の元を訪れた二人。それを事前に二人から知らされていた大谷は、てっきりその“ある物”の設計図を渡されるのだと思っていた。いたのだが。
「…徳川よ、これはわれには暗の顔に見えるのだが、」
「そうだ!かんべえのかおのかたちにしたいんだ!」
「できればわたしたちのかおのかたちのものもつくりたい、」
二人の言葉に大谷は思わず頭を抱えた。顔のかたちと来たか、と小声で呟く。
確かに最近のそれには様々なかたちがある。クリスマスの時期にはサンタの顔を象った物なども見たことがある。しかし生憎自分にはそんな技術も気力も材料も無い。
大谷はスケッチブックを閉じると家康にそれを手渡し、眉を少し下げて申し訳無さそうに告げた。
「…徳川に三成よ。すまぬがわれにはこの設計図を再現することは出来ぬ。普通の、あの白く丸いかたちしか作れそうに無い。」
ええ、と驚きの声を上げた後にしゅんとしおらしくなってしまった二人に、大谷が冷蔵庫から何かを取り出した。
「代わりに、これを使うと良かろ」
それはホワイトチョコで出来たプレートだった。それを見た二人の顔が光を取り戻しきらきらと輝き出すのを見て、大谷はそっと胸を撫で下ろす。
「た、たんじょうびのチョコだ!」
「おめでとうのチョコだ!」
「これに文字を、何なら絵も描いてやると良い。これで我慢してくれぬか」
「これがいい!ありがとうぎょうぶ!」
「ありがとう!」
「ならばそろそろ始めるか。二人共、荷物を下ろし上着を脱いだら手を洗って来やれ」
二人がわかった、と返事をして台所で手を洗い始めたのを確認すると、大谷は冷蔵庫や戸棚からいくつもの材料や器具を用意し始めた。



それからの数時間は、大谷にとっては出来れば今後思い出したくない時間だった。
薄力粉を篩(ふるい)にかけさせれば辺りに粉を撒き散らし、計量カップを使い分量を量らせれば溢れさせる。途中で何度も姿を眩ませて逃げてやろうかと思ったが、二人の少年の真摯な瞳を見る度に思い止まってしまう。最後の段階である生クリームを使っての飾り付けに入った頃には、大谷はすっかり疲れきっていたのだった。
白い小さなプレートを冷蔵庫から取り出し、粉やクリームで所々白くなっている家康に手渡す。
「ぬしが書くのか?」
「いちれつでこうたいする!」
「そうか、最初はぬしか?」
家康が頷いたのを確認すると、大谷は温めておいたチョコレートで出来たペンを差し出した。
それを受け取った家康が何か文字を書き、三成にペンを渡す。受け取った三成が何か文字を書き、家康にペンを渡す。再び家康が文字を書き、三成にペンを渡す。三成もまた同様に文字を書くと家康にペンを渡した。ペンを受け取った家康がいざ最後の列に取り掛かろうとした時、何かに気付き声を上げた。
「しまった!“ありがとう”がはいらない!」
その言葉に初めて大谷はプレートに目をやった。そこに書かれた文字を見て、無意識の内に顎に手を添えながら二人に掛ける言葉を探した。
「……それはそれで良かろ。余韻よ、ヨイン」
結局ろくな言葉が見つからなかった大谷は、自分の気の効かなさに少しばかり呆れつつも半ば投げ遣りな言葉を選んだ。
「よいん?」
「“味がある”という事よ」
「あじはちゃんとあるぞ!あまかった!」
三成の首を傾げながらの鸚鵡返し(おうむがえし)に答えを与えてやると、三成の隣にいた家康が瞳を輝かせながら笑った。
「…さてはきさまつまみぐいをしたな!」
「し、してない!すこしくりーむのあじのかくにんをだな……!」
家康の言葉に怒りを感じた三成が家康に掴み掛かると、大谷はその光景を見慣れているのか慣れた手つきで二人の首根っこを掴み三成を引き剥がした。
「………まあ、何はともあれ出来たのなら良かろ。」
大谷がそう言うと二人は顔を見合わせ頷き、大谷の顔を見上げ、ありがとうぎょうぶ、と笑みを浮かべたのだった。



「「ただいま!」」
「おかえり。」
二人は家の前まで帰って来ると、白い箱を背中に隠し黒田に見えないようにしていた。見えていないと思っているのは家康と三成の二人だけで、黒田本人が身長が平均男性よりも高い以前にそもそもとっくに成人を迎えているような年齢なので上から丸見えだったのだが、まあ隠しているつもりらしいので触れないでおこう、と中身は分からないが特に追求
もせずにそのまま玄関の鍵を閉めた。
その後夕飯の準備をしようと黒田が冷蔵庫を開くと、先程の白い箱が入っているのを見て、ああ、食べ物なのかと特に気にも止めずに材料を取り出し扉を閉めた。
夕飯には二人の好きなハンバーグを作ってやり、綺麗に完食された食器を洗いそれを三成が布巾で丁寧に拭き家康が箸や一部の軽い皿を棚に仕舞う。いつもの分担作業を終えて黒田がソファに腰を下ろすと、二人が黒田の両隣に座り左右から腕を引っ張った。
「「かんべえ!」」
「ん?」
「めをつむってくれ!」
「こうか?」
黒田が目を閉じたのを確認すると、二人はソファから降り黒田の手を握りぐいぐいと引っ張った。
「わしがいいというまであけちゃだめだぞ!こっちだ!」
「はやくこい!」
「うお、何だ何だ」
襖の開く音が聴こえ、いつも三人で眠っている和室の襖だろうかと考えると、二人がぐいぐいと手を引きその場に座るように促す。
「いいぞ!」
「何なんだいった………い………」
家康の言葉に黒田は瞼を上げると、その目を大きく見開き動きを止めた。
和室には折り紙で作られた紙の輪の鎖があちこちに飾られており、机には先程まで冷蔵庫にあった筈の白い箱が置かれていた。
「「かんべえ、たんじょうびおめでとう!!」」
ぱぁん、と何かが破裂するような音がしたと思うと、黒田の頭や肩に細い紙テープが掛かり辺りに少量の紙吹雪が舞った。こちらに向かって既に放たれたクラッカーを持ち笑みを浮かべている家康と自らもクラッカーを持ちながらもその音に少し驚いたらしい三成。
普段ならば、人に向けてクラッカーを鳴らすんじゃないと叱るところなのだが、黒田の頭は今の状況を整理するのが精一杯でクラッカーの音すら何処か遠くで鳴っているように聴こえた。壁に掛けられたカレンダーに目をやり、今日の日付を確認してぽつりと呟く。
「今日……そうか、今日は小生の誕生日だったのか……」
忘れてた、と言葉を零し顎を掻く。
二人からのサプライズに、黒田は全く気付いていなかった。この頃二人が珍しく喧嘩もせずに仲良く折り紙で遊んでいたのは、この部屋の飾りを作っていたからなのか。朝から和室に黒田を入れようとしなかったのも、何かまた新しい遊びを見つけたのかと思っていたが、本当は部屋の飾り付けをしていたのか。もしかして、昼間大谷の所に行っていたのも、机の上に置いてある箱の中のものを取りに行っていたのか。全ての小さな疑問が繋がり糸となり、黒田の中で一つの答えへと繋がった。そうか、全部、
「小生の為だったんだな……」
「かんべえはやく!けーきのはこをあけてくれ!」
「わたしとぎょうぶといえやすでつくったんだ!」
両隣に座り楽しそうに袖を引く二人の言葉に黒田が驚きを顕(あら)わにする。中身は何となく予想出来ていたが、てっきり二人で買いに行ったのかと思っていた。
「作った?そうか、お前さん達の手作りか、」
期待と少しばかりの不安を胸に箱に手を掛け中を覗き込む。そこには少し歪(いびつ)な白くて丸いホールケーキ、そしてその上にはかなり自由な配置で生クリームと苺が所狭しと並べられていた。
「…帰り道の途中で転んだのか?」
「ころんでないぞ!」
「しつれいなやつめ!くわせないぞ!」
黒田の発言を二人が必死に否定する。その様子があまりに愛らしく同時に可笑しかったので、黒田が思わず笑い声を零した。
「冗談だ、冗談。本当に、」
その時、ケーキの真ん中に白いチョコプレートが乗っているのに気付いた。
“かんべえたんじょうびおめでとういつも”。
チョコレートで書かれた不格好な文字。豪快な“かんべえ”と“おめでとう”に丁寧な“たんじょうび”と“いつも”の文字。ああ、一行ずつ交代して書いたんだなと目を細める。じぃん、と目頭が熱くなるのを感じた。
「はは、“いつも”で終わってるじゃないか」
溢れそうになるものを必死に抑えてそう言うと、三成が家康の顔を指で差した。
「いえやすがはじめにこんなおおきなもじでかいたからだ!」
「うーん、どうしてもおおきくなってしまうんだ……こまった……」
腕を組み眉間に皺を寄せる家康と眉を吊り上げて怒る三成。
「ほんとうはわたしが“ありがとう”ってかきたかったのに!」
「でもぎょうぶは“よいん”があるといっていた!」
「うーん、余韻かー……」
「あ、そうだ!」
あの男が言いそうな事だなあと黒田が眉を下げて笑うと、今にも喧嘩をしそうだった二人が何かを思い出したように部屋の隅に置かれたリュックの元へと駆け寄った。ごそごそと中を漁り二人同時に丸められてリボンで結び留めてある紙を取り出すと、黒田の元に駆け寄り笑顔でそれを差し出した。
「「かんべえ、たんじょうびおめでとう!」」
二人から受け取った紙のリボンを外す。最初に家康から受け取った紙を広げ、次に三成の紙も広げる。そこに描かれていたのは、黒田の似顔絵と、“かんべえたんじょうびおめでとう”“いつもありがとう”というメッセージだった。
溢れるものをこれ以上抑えることが出来ず、ぼろぼろと黒田の目から涙が零れた。
「あー!かんべえがないている!」
「おとこがなくな!なさけないぞ!」
二人の言葉に慌てて目を擦ると、すんと鼻を鳴らしながら赤くなりつつある目を細め笑みを浮かべた。
「そうだな、すまん、本当に、」
再びじわりと溢れる涙を見られないように、感謝の気持ちが少しでも伝わるようにと力を込めて二人を抱き寄せ呟いた。
「……本当に、ありがとう。嬉しいよ。ありがとうな」
ぎゅう、と家康と三成も同じように黒田の首に細い腕を回し抱き付いた。
「……さて、そしたらケーキを食おうか。皿を取って来ないとな。飲み物は何が良い?」
おれんじじゅーす、と二人が声を揃えて答えたのを確認すると、黒田は笑顔で立ち上がった。
「了解。ちょっと待ってろよ」
三人で食べたケーキは少々不格好だが味はかなり上出来で、これは後日刑部にしっかりお礼をしないとなあ、と本日二度目の洗い物をしながらしみじみと思う。居間の壁で、二つの似顔絵がそんな黒田の背中を見て笑っていた。




















「かんべえ、」
「んー?」
「けっきょくかんべえは、なんさいになったんだ?」
「絶ッッ対に言わん!!」
「いいとしをしてみえをはるな」
「うるさい!張っとらんわ!あと良い歳でもない!!」
「……みつなり、こんどぎょうぶにききにいこう」
「そうだな」
「やめろ!!!!」













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(Happy Birthday For ひうら愁さま!)







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あきゅろす。
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