(※学パロ)




これ、デンジくんに渡して欲しいの。

可愛らしい女子の可愛らしい声を頭の中で反芻させる。
俺の手の中には小さな花柄がプリントされた可愛らしい手紙。可愛らしいピンクのハートのシール付きで、封筒にはこれまた可愛らしい字で「デンジくんへ」と書かれている。
「なんであんな奴がモテんだか」
女子からすれば、きゃあデンジくん、クールでかっこいい、てな感じらしい。馬鹿馬鹿しい。ギターケースでぶん殴ってやりたい。馬鹿な女子生徒共もアイツも俺も。
俺の他に誰もいない廊下で一人目を閉じ、昨日講堂で行われた軽音部のライブの映像を脳裏に描いた。

初めて軽音部のライブに行った時は、予定の時間よりも少し早めに講堂に向かい、一組目からアンコールまで全てのバンドの演奏を聴いた。
次からはライブの途中で講堂に入り、デンジのいるバンドの演奏が終わると直ぐに講堂を出るようになった。それは昨日のライブも例外では無かった。
デンジは何組目に出るのかを前以て確認し、それくらいを見計らい講堂に入る。直ぐに講堂を出られる様入り口近くの壁に凭れ、舞台や客席から自分を遮断しぼんやりと舞台を眺めていた。デンジ達の出番は未だだった。その時舞台に立っていたバンドは、今流行りのグループの曲をコピーしていた気がする。確か、ボーカルとギターは同じクラスの男子達だった気がする。オーバぁ、俺達の演奏も聴きに来てくれよぉ。そんな感じの事を、昨日の昼休みに言ってた気がする。

俺の中で、軽音部のライブの記憶は毎回足を運んでいるにも関わらずいつも曖昧だった。諦めて瞼を上げる。どうせはっきりと思い出せるものなんていつもと変わらない。
「…デンジ、」
変わらず脳裏に浮かぶもの。ギターを奏でるデンジの姿。必ず脳内に流れるもの。デンジが奏でるギターの音色。
初めてライブに足を運んでからというもの、俺の中に残るのはいつもデンジとデンジのギターだけだった。

デンジは、俺の友人の中でもかなり口数の少なく、あまり物事に興味を示さない男だった。
そんなデンジが一番生き生きとするのが、ギターに触れている時だった。別にそれがライブの時である必要は全く無い。演奏する曲にも決まりは無い。ただあのギターでなければならない。
ギターを演奏している時のデンジは、どんな時よりも饒舌だった。実際に声を出している訳ではない。しかしデンジは音楽と、あのギターと対話しているかの様に見えて、その声はライブで最も目立つであろうボーカルの声よりも大きく、低いベースよりも深く、響くドラムよりも強いのだ。

そんな事をぼんやりと考えながら歩いていると、いつの間にか目的地である軽音部の部室の前に立っていた。教室から音は聴こえない。もうほとんどの生徒は帰ったんだろう。ゆっくりと扉を開く。
「デン、」
言葉が、呼吸が止まった。扉の向こうでは、此方に背を向けたデンジが細い両腕であのギターを抱き締め椅子に掛けていた。肩が震えている。泣いているのかも、しれない。

こんな事は、今までにも何度かあった。こうやって、時々彼奴はあのギターの前で弱音を吐き出すのだ。例え俺がどれだけ近くに居たとしても、その瞬間に俺の存在は彼奴の中から居無くなる。今だって、ほら、な。
「――、たすけてくれ」
あのギターには名前があるらしく、デンジはああして彼奴に人間の様に接していた。触れて、会話をし、笑い掛け、涙ながらに弱音を吐く。きっと同じ部活の人間やクラスメイトなんかよりも、彼奴のほうがずっとずっとデンジに近い。近い所か、彼奴以上にデンジが心を赦す相手なんているのだろうか。
(俺はどうなんだろうな、)
そんな事を考えながら、ゆっくりと沈む太陽がデンジとギターを残して教室を紅く染めていくのを、ただただぼんやりと眺めていた。

「オーバ、いたのか」
「…ああ、まあな」
どれくらい時間が経ったのかは解らない。デンジの囁きが聞こえなくなり肩の震えが収まって何分か経ってから、立ち上がり此方を振り向いた。
「いつから……まあいいか。何か用か?」
「あー……」
自分の右手に握られた手紙をちらりと見る。
「なあデンジ」
「あ?」
「そのギターの名前って何だっけ」
「…言いたくない」
「何でだよ」
「……」
俺以外の奴が此奴の名前を呼ぶ必要は無い、って事らしい。黙ってても解る。どれだけ一緒に居ると思ってんだ。それでも俺よりそいつなんだな。
「デンジ」
「何だよ、」
「お前さ、友達いるのか」
「…エレキブルとライチュウとレントラーとサンダースと、」
「解った、もういい…」
そうだ、此奴はこういう奴だった。
「じゃあ、お前にとって俺って何なんだよ?」
「俺にとってのオーバ?何言ってんだよ、お前は俺の親友だろ」
けろっとした顔で、綺麗な目を子供みたいに丸くしたデンジが言った。予想外の答えに思わず俺も面喰らい、目を丸くする。やっとその言葉の意味を理解した時、俺は無意識の内に吹き出していた。
「っはは……親友か…」
何笑ってんだよ、とデンジの眉間に不機嫌そうに皺が寄せられる。何だよ、お前が笑わせたんだろうが。
「……俺は、お前のそういう所が嫌いなんだよ。」
口を三日月の様に歪め、目を細めながら呟く。なあデンジ、俺今ちゃんと笑えてるよな?
俺の言葉に驚いたのか、デンジはまたきょとんとした幼い顔で此方を見ている。しかし直ぐににやりと目を細め、口を三日月みたいに歪めて厭らしい笑みを浮かべた。鏡の様な俺達の笑顔を、真っ赤な夕陽が染めていく。俺の手に握り締められ原型を亡くした白い封筒も、デンジの透き通る様な金糸も、全てが赤く染まった頃、二つの声が教室に零れて、消えた。


「嘘吐き、」












タナトスと嘘
(俺の事なんて見てない癖に、)
(俺の事しか見てない癖に、)
















20100811
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