研究員×電波塔=解散



急げ急げ急げ。職業を聞かれたら困るし白衣は置いて行こう。今にも部屋を後にしようとした時、かたかたとボールの動く音がした。その音で自分のベルトにモンスターボールが付いていない事に気付く。慌てて机の上に放置されていたモンスターボールをベルトに付け部屋を飛び出した。
ランスさんがやられた。アテナさんからの通信が途切れちまった。ラムダさんまでやられちまったらしい。地下通路担当の奴らがやられた。すれ違う下っ端達から慌てた声で今の状況が次々と聴こえてきた。
奴が、展望台へ向かったらしい。
誰かが大声で叫んだその言葉がずっとナマエの脳裏に張り付いている。目を閉じて走るスピードを上げ、不吉な考えを振り払う。
アジトを出て、ボールからフワライドを出し慌てて飛び乗った。
「フワライド、コガネシティまで出来るだけ急いで飛んでくれ!」
ふわ、とフワライドが気合いの入った声を出したと同時に足が地面から離れた。
あの人なら大丈夫だ。あの人の強さは昔からよく知っているではないか。けれど、相手はあのラムダさんやアテナさんを倒すような強敵だ。しかしあの人の強さは幹部の中でも群を抜いている。でも、大丈夫、でも、大丈夫、でも、大丈夫、でも、大丈夫、でも。
「ふわ?」
「あ、ありがとうフワライド。」
目的地に着いたにも関わらず動こうとしない俺を不思議に思ったのか、フワライドが声を掛けてきた。はっと意識を取り戻し礼を言ってフワライドをボールに戻す。考えても仕方がない。ナマエは、目の前に聳(そび)え立つラジオ塔にゆっくりと足を踏み入れた。



すれ違う人達の表情には皆安堵の色が浮かんでいた。ああ良かった、あの少年のお陰だ。ロケット団の奴らめ、何が復活だ。
少年を讃える声と団を罵る声が耳に飛び込んでくる。見渡しても当然何処にも黒服に身を包んだ人間はいない。
エレベーターに目をやるが暫くは此処に来そうにも無かった。これなら途中まで階段で行った方が早いだろうと思い、足を階段へと走らせた。
逸る気持ちを必死に抑えながら階段を駆け上がる。焦りからか足が縺れる事もあったが、それでも止まる訳にはいかなかった。
「あ、った…!」
展望台へと直通するエレベーター。上昇を示すボタンを押し、エレベーターが降りてくるまでの間に息を整える。軽い音が到着を告げ、ゆっくりと扉が開いた。
「アポロさん…」
ぽつりと呟き中に足を踏み入れる。ラジオ塔に居る人々の様子から、彼と少年の勝敗は明らかだった。それでも、足を止める事は出来なかった。エレベーター独特の浮游感に普段以上の不快感を覚える。早く早くと気持ちは焦るがエレベーターのスピードは変わらない。
到着を告げる軽い音が個室内に響き、目の前に開けた世界にゆっくりと足を踏み出した。
展望台は、恐ろしい程静かだった。
辺りを見回すが、其処には誰も居ない。ガラスに沿ってゆっくりと歩き出すと、丁度エレベーターの出入口の正反対に当たるくらいの所で見慣れた人影が見えた。
「アポロさん!」
勝手にナマエの口が男の名を叫んでいた。ゆっくりと男が此方を振り向く。
「……」
「アポロさん、良かった、ご無事で……!」
振り返った男の表情は、ナマエにとって何処か不自然なものだった。微笑んでいる筈がその目はちっとも笑っておらず、まるでビー玉のようだ。
「…ナマエ、」
男がゆっくりと口を開いた。普段の男の凛とした逞しい姿からは想像出来ない程小さな声だった。
「私は、私達は、負けたのです。」
「…はい、」
「先程、解散宣言をした所です。」
男の口調は酷く淡々としたものだった。平気な筈が無い。必死に殺しているのだ、感情を。
「…これから、どうなさるんですか?」
ナマエのその言葉で、男の目に光が射した気がした。
「私の望みは変わりません。あの方が戻られるまで、何度でもまた組織を立ち上げ、いつまでも待ち続けますよ。」
アポロがにやりと口を歪めて笑った。そうだ、この悪事を企んでいる時の顔。ナマエは見慣れたその顔に安心し、ほっと息を吐いた。
「はい、何度でも。」
ナマエの返事を聞くと、アポロが満足そうに目を細めた。
「…ナマエ、フワライドを出して貰えますか?」
「あ、はい。」
ナマエがベルトに手をやり、ボールからフワライドを出した。
「フワライドをどうするんですか?」
「ああ、」
ナマエの言葉にアポロが振り返る。その顔には、怖い程整った笑みが浮かべられていた。
「こうするんですよ。」
とん、とナマエの肩をアポロが押した。硝子にぶつかると思ったその身体が、何故かふわりと宙に舞う。
「え、」
恐らく硝子はヘルガーの炎か何かで溶かされていたか粉々に壊されていたのだろう。宙に投げ出された身体は重力に従いまっ逆さまに落ちていく。俯いたアポロの顔は真っ暗で、ナマエにその表情を読む事は出来なかった。思わず手を伸ばすと、その手の中にフワライドが飛び込んで来た。ナマエを追い抜きトランポリンのようにナマエの身体を受け止める。
「ありがとうフワライド、このまま展望台に戻ってくれ!」
ナマエの言葉が聞こえている筈なのに、フワライドはナマエを乗せてどんどんラジオ塔から離れていく。
「フワライ……」
その時、後方から凄まじい爆音が響いた。慌てて振り返ると、ラジオ塔の展望台の辺りから沢山の黒煙が上がっている。
「アポロさん!!」
身を乗り出すと、爆風に後押され更にフワライドのスピードが上がった。
「フワライド、頼むから戻ってくれ!フワライド!!」
何度も訴えるが、フワライドは一行に方向を変えようとしない。ナマエは、フワライドの上で踞(うずくま)った。
「アポロさん…」
呟きは、瓦礫の崩れる音に掻き消された。



「ふわわ、」
フワライドの声で既に地上に着いていた事に気付き、ナマエはフワライドの上から降りた。その時ぐらりとバランスを崩し、後ろに立っていた木に背中をぶつけると、そのままずるずると地面に座り込んでしまった。
「アポロさん…」
かさかさに乾燥し水気を失った唇から一つの名が零れたが、当然その呼び掛けに返事は無い。
「また、」
ナマエの視界がじわりと滲んだ。
「一人だ。」
ぎゅっと目を閉じると、瞼の裏に暗闇が広がり、その暗闇が過去の記憶と重なった。真っ暗な部屋。あの時もナマエは一人きりだった。まだ小さなゴースだったゲンガーが、助けに来てくれるまでは。
その時、ナマエの腰の辺りで何かがかたかたとぶつかる音がし、ナマエは視線をベルトに下げた。
「…あ、」
ベルトに付けられたボールの中で、ナマエの手持ち達がボールを内側からがたがたと揺らしていた。それは、ナマエに自分達の存在を主張しているかのように見える。頭に何かが触れた感覚がして振り返ると、フワライドがナマエの頭を優しく撫でていた。
「皆、」
ナマエは片方の指でボールをそっと撫で、もう片方の手でフワライドを撫でると、すっくと立ち上がった。
「…よし。」
もう、ナマエの心に不安は無かった。
彼が自分を突き放したという事は、組織の再建に自分の力は必要無いという事だ。しかし、切り捨てられたという訳ではない。だとしたら彼はこんな遠回しな事をせず、はっきりと告げただろう。お前はもう必要無い、と。アポロの行動や考えを、ナマエは少しは理解しているつもりだった。
「俺に出来る事をやろう。」
彼も組織を再建する為にこれから沢山の努力をするのだから。
空のボールをベルトから取りフワライドを中に戻す。ベルトにボールを付け、一つずつを優しく撫でた。
寂しくなんてない。あの時とは違うのだから。一人だけど、
「独りじゃない。」
ナマエはそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。点ほど小さくなったラジオ塔に背を向け、一歩一歩に力を込めてしっかりと大地を踏み締める。
行先は決まっていないし明確な目的もない。しかし不安なんてものは微塵も感じなかった。
顔を上げると、雲一つ無い晴天が広がっている。その青が彼のきらきらと輝く髪色と重なり、ナマエは思わず笑みを浮かべた。



















研究員×電波塔=解散
















20100605
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あきゅろす。
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