幹部×転落=混乱



有り得ない。
有り得ない有り得ない有り得ない!
(こんな事態が有り得る筈がない!)
目の前にはきょとんとした顔でこちらを見つめている自分の姿。鏡がある訳ではない。痛む身体を起こそうとすると、視界がぐらつき床に手を着いた。その手は、黒く短い毛で覆われている。
(これは……)
自分の記憶が正しければ、この手は自分の手持ちであるヘルガーのものの筈だ。それが何故今自分の意思で動かす事が出来るのだろうか。そして目の前の私の姿をした男は何者なのか。私は混乱した頭で必死にさっきまでの記憶を辿った。
最近は仕事が忙しく、あまり睡眠時間を取る事が出来なかった。その代償は身体にも支障をもたらし、私は目眩を起こし階段から落ちそうになってしまった。しかしそこは流石私の優秀な手持ちである。ヘルガーは咄嗟に私を庇おうとし一緒に階段から転げ落ちたのだった。
そして、気を失い目を覚まして今に至る。
(何という……)
目眩がした。非常に非科学的ではあるが、今この状況で一番高い可能性は。
(入れ替わったとでも言うのか……)
目の前の私、基ヘルガーがきょとんとした顔のまま私の、基自分の顔を見つめていたと思うと、急に私に嬉しそうな顔をして飛び付いてきた。すりすりと頬を擦りつけて来る。自分と私が今どういう状況かは何となく解っている様だった。普段は体格的にも私に抱き付く事なんて出来ないから嬉しいのだろう。
「ヘルガー、私の言う事は解りますか。」
「?」
何とかヘルガーに話し掛けようとするが残念ながらそれはただのヘルガーの鳴き声でしかなく、しかも気を抜くと口から火の粉が出そうになり、鳴き声すらも満足に出す事が出来なかった。それはヘルガーも同じらしく、首を傾げながら口をもごもごと動かしている。
とにかく、こんな事態を誰かに見付かる訳にはいかない。しかしこのまま私とヘルガーの力だけでは全く解決する気もしなかった。
「あ、アポロさん!」
そこに、聞き慣れた声が聞こえた。顔を上げると、何かの資料を片手に持ったナマエがぱたぱたとこちらに近付いて来た。まずい。いや、ナマエなら何か力になれるかもしれない。けど、今のこの状況をどうやってナマエに伝えればいいというのか。そんな事をぐるぐると考えている内に、ナマエはとっくに私とヘルガーの目の前に来ていた。
「アポロさん、そんな所でヘルガーに抱き付いて何してるんですか?」
ナマエが私を、現ヘルガーを見てくすりと笑った。
嫌な予感がした。ヘルガーはナマエにも懐いている。今この状況でヘルガーが取る行動は、何となく予想がついていた。
「やめなさいヘル……!」
「うわっ!」
一足遅かった。目線を合わせようとしゃがみこんだナマエに、私の姿をしたヘルガーが嬉しそうに飛び付いた。首に腕を回しぎゅう、と嬉しそうに抱き付いている。
「あ、アアアアポロさん!!」
かぁ、とナマエの顔が真っ赤に染まった。不味い、こんな所を誰かに見られてはセクハラで訴えられてしまうかもしれない。ぐいぐいと私の服を銜え引っ張るがヘルガーはナマエにべったりと引っ付いて全く離れようとしない。そんな私の、ナマエにとってはヘルガーの姿を見たナマエが、助けを求めるような声をあげた。
「へ、ヘルガー!」
その言葉を聞いた瞬間、ヘルガーが更に嬉しそうにナマエの首筋に頬を擦り寄せた。ナマエが名を呼んだヘルガーは、今私の身体でナマエに抱き付いている。名前を呼ばれたヘルガーが喜ぶのは仕方がない。そしてナマエが助けを求めたヘルガーの身体は、今私のものなのだ。私もヘルガーもナマエも、誰も悪くない。しかし、今のこの状況は非常に悪いものだった。
「ちょ、アポロさ、本当、擽ったいですし、は、恥ずかしいですって!わぁあ!!」
ヘルガーは鼻を擦り寄せているつもりなのだろうが、はたから見れば首筋に唇を押し付けているようにも見える。まずい、見ている方も恥ずかしい!
「ヘルガー、いい加減にしなさ……!」
ぱぁん、と叩くような音が響いた。辺りにしぃんと沈黙が流れる。
「ら、」
「何やってるんですかアポロさん。セクハラですよ」
「ランスさん……!」
ぱたり、と私の身体から力が抜けてナマエに寄りかかった。開いた口が塞がらない。
現れた男は、部下のランスだった。
仁王立ちで私達の前に立ちはだかり、その片手には革靴が握り締められている。ナマエの身体に寄りかかったヘルガーはぴくりとも動かない。どうやら気を失ってしまったらしい。
取り敢えずは助かったが、私の身体と中のヘルガーが心配だ。そもそも、気絶する程強く殴る必要はあったのだろうか。
「全く、この忙しい中何処に行ったのかと思えばこんなところで部下にセクハラ行為ですか。訴えますよ。」
ランスはぶつぶつと呟きながら私の首根っこの辺りの服を掴み床を引き摺りだした。あああ、服が汚れてしまう!
「ら、ランスさん。多分アポロさんも疲れてたんですよ。だからそんなに怒らないであげて下さい。」
「…まぁ、ナマエがそういうなら……」
そう言ってランスが階段に足を掛けた。その時ぴん、と頭に電球の灯りが点くような感覚がした。
ランスが今足を踏み出している階段は下り。私の服を掴んでいるのはランスの片手だけと酷く不安定。私の身体は今人間よりもかなり足の速いヘルガーのもの。
いける。自分がヘルガーと入れ替わってしまった時の事を思い出しながら、私は意識の無い自分の身体に向かって駆け出した。
「ヘルガー!?」
どん、と勢い良く私の身体にヘルガーの身体をぶつける。二つの身体が宙を舞う。ナマエの慌てた声が遠くから聴こえた。
しかし、予想外な点が二つあった。
一つは、私の服を掴んでいたランスの力が予想以上に強かったということ。
もう一つは、宙を舞った私とヘルガーを助けようとして、ナマエまで宙に身を投げた事だった。
四つの身体は、空中でぶつかり階段を転がり落ちていった。身体中が痛み、意識が遠退いていく。
「…う……」
頭痛がする。重い瞼を上げゆっくりと身体を起こす。前足ではなく手を使って。
「……戻ったのですか……?」
ぽつりと呟くが、その声に違和感を感じぎゅっと喉を掴む。目を覚ましてから暫く経つがさっきから一向に視界がはっきりとする気配が無い。手に何かがこつ、とぶつかり、それが手探りで眼鏡だと解る。恐る恐るそれを手に取り、掛けてみると、世界が急に輪郭を取り戻した。そこで、自分が今白衣を着ている事に気付く。
「ヘルガー!危ないだろあんなことしたら!!」
大声で怒鳴る声に気付き顔を上げると、ランスがヘルガーの顔を両手で包んでしっかりと目を合わせながら叱っていた。敬語を使わずに話す違和感のあるランスと目が合う。
「……お、俺がもう一人いる!!」
私を指差して叫ぶランス。ヘルガーが大人しくしている辺り、自分だけちゃっかり元に戻ったのだろう。
つまり、未だに気を失ったまま倒れているのは私ではなくあの男だという事になる。
目眩がした。



















部×転落=混乱
(せーの、で一斉にジャンプですからね!)
(ややややっぱりこんなの無理ですって!)
(ナマエ、私の顔で涙目にならないで下さい!)



















久しぶりの更新がこんなアホみたいな話ですみません。書いててすごく楽しかったです。
ヘルガーとアポロの入れ替わり話を書いてみたかったんですが、オチを考えずに書いてたらあんな事になりました。





20100505
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あきゅろす。
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