研究員×追憶=再会




昔々、ある所に一匹のゴースが居ました。ゴースのマスターはポケモンが大好きで、ポケモンの研究を仕事としていました。
マスターには、優しくて綺麗な奥さんと、明るく元気でマスターと同じようにポケモンが大好きな、もうすぐ4歳になる息子がいました。
マスターはとても優秀な研究員で、オーキドやウツギといった有名な博士とも知り合いだったようです。

マスターはゴースに、研究で忙しい自分の代わりに息子の遊び相手になってあげる様に言いました。
ゴースと息子は、毎日家の近くの森で父の研究の手伝いとして木の実などを採って来たり、近所の子供やポケモンと遊んだりしていました。
ゴースは、マスターは勿論、マスターの奥さんも息子も大好きでした。

楽しくて幸せな日々は、ずっと続くと信じていました。

マスターの息子が5歳になって暫く経ったある日、マスターの家に泥棒が入るという事件がありました。家には沢山の研究資料やサンプルなど、価値のあるものが山ほどあったのです。
しかしそんな中泥棒が盗んだものは、マスターの息子でした。
ゴースは必死に泥棒を止めようとしましたが、マスターのいない状況では全く歯が立ちませんでした。泥棒の手持ちのポケモンに攻撃され、ゴースは気を失ってしまいました。

目を覚ますと、マスターが心配そうな顔をしてゴースを見ていました。ゴースは、マスターの息子を守れなかった事が申し訳なくて恥ずかしくて、思わず目を逸らしました。するとマスターが優しくゴースの頭を撫でながら言いました。君だけでも無事で良かった、と。その時、ゴースの大きな目から涙がぽろぽろ零れました。マスターが、とても嬉しそうに、とても悲しそうに笑ったのです。
その時ゴースは、いつか必ずマスターの息子を探し出そうと心に誓いました。

マスターは、その日を境にどんどん元気が無くなって行きました。間違って息子の名前を呼んでしまったり、自分の部屋でひっそりと泣いている事もありました。マスターの奥さんも、日に日に痩せていくのが解りました。

ゴースはとうとう我慢が出来なくなり、誰にも何も告げず家を飛び出しました。
ゴースは、最後に泥棒を見た方へと飛んで飛んで飛び続けました。どれだけ飛び続けたかも何処で曲がったかも解りませんが、気付いた頃には辺りは真っ暗でした。それでもゴースは飛び続け、やがて朝日が顔を覗かせた頃、漸く飛ぶのを止めて近くにあった木の上で身体を休めたのでした。
ゴースは、夢を視ていました。薬品の匂い、機械の動く音、ちかちかと点滅するランプ。窓を開けると聴こえてくる子供達のはしゃぐ声に薫る草花や木の実の香り。遊ぶ子供達を窓から見ている人の、笑顔。駆け寄って来る子供の嬉しそうな声。パパ、ぼくきょうかけっこでいちばんになったんだよ。そうか、すごいなぁナマエは。あしたはみんなできのみをとりにいくんだ。そうか、それはよかったね。うん、あしたはゴースもいっしょにいこうね。
そこでゴースははっと目を覚ましました。脳裏には、まだ息子の可愛らしい笑顔が焼き付いています。空を見ると、日が沈み辺りは真っ暗になっていました。ゴースは木から飛び出しまた空を飛び始めました。手掛かりは、ピンクの髪に、胸元に赤い模様のある黒い服を着た泥棒の姿だけです。それでもゴースは飛び続けました。朝が来ると木の上で眠り、夜が来るとまた飛び始めました。お腹が空くと、近くの木になっている木の実を食べて凌ぎました。野生のポケモンの縄張りに勝手に入ってしまい傷付けられた事もありました。親切な人間に泥棒の服の胸の文字の意味を地面に書いて尋ねると、何故かいきなり石を投げられた事もありました。お前、ロケット団のポケモンだったのか。お前らロケット団さえいなければ。そんな事を言いながら親切な人間は泣いていました。ゴースは慌ててその場を後にしました。あんな泥棒の手持ちだと勘違いされるのはとても癪でしたが、代わりに有力な手掛かりを手に入れました。
ロケット団。
もしかすると、あの子を誘拐した奴らに関係あるかもしれません。ゴースは少しの希望を胸にまた空を飛び始めました。
ある日ゴースは、町中で胸に赤い模様の付いた黒い服を着た二人組を見つけました。あの日と同じ奴らかまでは分かりませんでしたが、気付かれない様にこっそりと後を付けました。
二人組はこそこそと小さな建物の中に入って行きました。格子状の窓からこっそり中を覗き込むと、そこには沢山の饅頭や手拭い、色んなポケモンを象ったキーホルダーなどが棚に並んでいました。二人組が部屋の隅にあった大きな置物を動かすと、そこに地下へ続く階段が現れました。二人組は階段を降り消えてしまいました。部屋の中に他に人影は無く、階段もぽっかりと口を開けたままです。ゴースは、勇気を出して身体を格子の間に滑り込ませ、階段に向かって飛び込んで行きました。
ゴースが階段に沿って地下に潜って行くと、やがて広い空間に出ました。目の紅く光るペルシアンの像が等間隔で並んでいます。ゴースはゆっくりと先に進む事にしました。ゴースがペルシアン像の前を通ると、目の光が強くなり地下にサイレンの様な音が数回響き渡りました。遠くから人間の足音と声が近付いて来るのが聴こえ、ゴースは慌てて近くにあった部屋に扉の隙間から入り込みました。
入った部屋は明かりも点いておらず、真っ暗でした。耳を澄ますと、部屋の前を何人かの人間が走って通り過ぎるのが聴こえました。ふうとゴースが安堵の息を吐き身体を揺らすと、何かにぶつかり音をたてました。すると部屋の奥から子供の短い悲鳴の様なものが聴こえました。ゴースは、自分の耳を疑いました。今の声はもしかして、いや、聞き間違いかもしれません。ですが、自分があの子の声を間違える筈がありません。ゴースは手探りで壁を調べ、扉近くにあったスイッチを押し部屋に明かりを付けました。
部屋に居たのは、小さな子供でした。部屋の隅で膝を抱えて座り込み、かたかたと震えています。ゴースは、自分の視界がぼやけるのを感じました。ほとんどがガスで出来ている自分の身体の中を、沢山の感情がぐるぐると回っているのが解りました。目の前にいる子供が誰か解った喜びと、その子の顔や身体にある痛々しい痣を見た時の悲しみや怒り。
子供の目からは、怯えの所為か光が感じられません。ゴースは、ゆっくりと子供に近寄りました。すると、子供の肩がびくりと跳ね、がたがたと大きく震え出しました。
ゴースは、一気に悲しい気持ちになってしまいました。
この子は、もう自分の事なんて忘れてしまったのでしょうか。ゴースは、それでも構わないと思いました。子供一人助ける力も無い自分の事など忘れられていても構いません。
けれど、もしこの子があの優しいマスターや、マスターの奥さんの事も忘れているのかもしれないと思ったら、とても悲しくなりました。
ゴースは大きな目からぽろぽろ涙を溢しながら子供に近付きました。子供は不思議そうに涙を流すゴースを見つめています。
「……ゴー、ス……?」
ぽつりと呟かれた声にゴースは顔を上げました。まんまるなきらきらした瞳。沢山泣いたのでしょうか、目は真っ赤です。腫れた頬が痛々しくて、またゴースは瞳を潤ませました。
「……ゴース……?」
小さな手がゴースに向かって伸ばされました。ゴースがその腕の中に飛び込むと、ぎゅっと強く抱きしめられました。
本当にパパのゴースなの。助けに来てくれたの。震える声が頭上から降ってきて、ゴースは何度もこくこくと頷きました。マスターの息子は、ロケット団の言うことを聞く事を拒み何度も殴られたり叩かれたりした事、ここのポケモンはちっともトレーナーの愛情を受けていないという事、寂しくて毎日毎日泣いていた事など、沢山の話をしてくれました。
ゴースが心の中で何度も何度も謝り続けていると、マスターの息子は何度も何度もありがとうと呟きました。
いつか一緒にマスターの所に戻る日まで、今度こそ何があっても自分がこの子を守ろう、そうゴースは自分自身に誓いました。
マスターの息子は、ゴースと一緒にいる事を許可する事を条件に、ロケット団でポケモンに関する勉強と研究を始めました。
ゴースに息子を抱く事の出来る腕が生まれ、息子に家族と呼べる程大切な存在が出来るのは、今はまだ、少し先のお話です。




















研究員×追憶=



















研究員シリーズ過去編でした。幹部が…出てません…すみません…。
本当はアポロも出したかったのですが、長さ的にまた別の話にしようと思います。
絵本風にしたかったので鉤括弧を少なくしたんですが、代わりに過去形が多くなってしまいました。読み辛くてすみません……。


20100407
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