研究員+来訪者=嫉妬






まずいまずいまずい。
背中を流れる冷や汗が止まらない。
「ん?何だ、もう一つパスワードが必要なのか。」
機械の前でぽつりと呟く男。男の後ろには最強と言われるドラゴンタイプのポケモン、カイリューがぱたぱたと羽を揺らしながら男を見つめていた。
まずいまずいまずい。あのキーロックのもう一つのパスワードを知っているのは幹部の4人以外では俺だけだ。ラムダさんはサカキ様に変装して扉の向こう。他の三人はそれぞれの持ち場に付いておられる筈。
「ゲンガー、」
ボールからポケモンを出し、小さな声でそっと指示を出す。
「俺が劣りになるから、幹部の誰かを捜してこの事を伝えてくれ。」
こくん、と頷いてゲンガーが姿を消したのを確認すると、俺は深呼吸して角から顔を出した。
「その先には行かせない!」
「ん?」
「俺が相手だ!」
「……君と闘う理由が解らないな、」
俺の服装を上から下まで見た男が呟く。それはそうだろう。白衣を来て眼鏡を掛けた俺はどう見ても唯の研究員で、戦闘員には見えない。
「……俺が、そこのパスワードを知ってるって言ったら?」
「……事情が変わった。」
俺がにやりと笑って言うと、にっ、と男も笑った。男の後ろにいたカイリューが男の前に立つ。モンスターボールを一つ取り出す。
「行くぞ、フワライド!」
「俺が勝ったら、パスワードを教えてくれるのかな?」
「……勝てたらの話だろ。フワライド!!」
「な!」
急にスピードを出して男に背中を向け逃げ出したフワライドにしがみつく。
「カイリュー、破壊光線!!」
「うわわ、フワライド、曲がれ!」
すれすれの所で角を曲がる。破壊光線が壁にぶつかり大きく崩れる音がした。
「おいおいおいおいこんな所で破壊光線打つか普通!!」
ぶわ、と身体中に汗が吹き出した。
「頑張れフワライド!」
この調子で騒ぎを大きくしていったら、幹部の誰かが気付いてくれるかもしれない。ランスさんのズバットやアポロさんのヘルガーなら気付いてくれるかもしれない。
「カイリュー!」
「うわ!」
目の前を光線が走り抜けた。白衣の裾が持って行かれたのか、ちっ、と小さな音が聴こえた。さっきよりも格段にフワライドのスピードが遅くなっている。疲れているのは目に見えていた。
「フワライド、もういいよ、ありがとう。」
床の上に降り、フワライドをボールに戻す。フワライドを戻すと同時にまた別のボールを取り出した。
「行くぞ!レアコイル!!」




「レアコイル!」
数々の攻防を繰り広げたが、とうとう俺のレアコイルは力尽きてしまった。レアコイルをボールに戻す。ゲンガーはアジトの中。フワライドはまだ全速力で飛び回った疲れが取れていない。他の手持ちは研究室だ。まずい。何とかして誰か幹部の方が来られるまで持ちこたえないと。
「さぁ、パスワードを教えて貰おうか。」
「……!くそ!」
ばっと踵を翻し逃げようと走り出したが、ぐっと肩を掴まれ後ろに引かれ床に叩き付けられる。
「っ!」
「さぁ。」
顔の両脇に腕で壁を作られる。ぐ、と男の顔が近付いて来た。
「……!」
「ズバット!超音波!!」
「な……!」
声のした方を向くと、ぱたぱた羽ばたくズバットの後ろに見慣れた人が立っていた。
「ランスさん……!」
ランスさんの後ろでゲンガーがぴょんぴょん跳びはねている。心配してくれているのだろうか。
「ナマエ、無事ですか?」
「え、あ、はい!……っ!!」
「っ!」
男の意識がランスさんに向いている隙を突き、男の鳩尾辺りに肘をぶつける。男の手が鳩尾に添えられた瞬間に奴の拘束からランスさんとは反対側に逃れ間合いを取る。ゲンガーがいつの間にか俺の前に立っていた。
「ゲンガー!シャドーボ……」
「ヘルガー、火炎放射」
俺とゲンガーの間をいきなり炎が駆け抜けた。恐る恐る振り返ると、其処には幹部である事を証明する白い服を着られたあの方が立っていた。
「アポロさ……」
眉間の皺が尋常じゃなく深い。相当お怒りである事ははっきりと目に見えて分かった。
「流石に分が悪いな……。カイリュー!」
男の指示でカイリューがまた破壊光線を放った。しかしそれは俺とアポロさんに向けてでもランスさんに向けてでもなく、天井に向けられていた。大きな音をたてて天井が崩れ瓦礫に変わる。
「とりあえず今日は一旦引き上げる事にするよ。」
ふわ、と男がカイリューの背に飛び乗った。男の目が俺を捕らえ、す、と細められた。
「またね。」
「しね!」
俺の言葉を合図にゲンガーがカイリューに向かってシャドーボールを放った。男は面白そうに声を上げて笑い颯爽と去って行った。しん、とアジトに静寂が広がる。
「……ナマエ、」
「は、……!」
急に背中に衝撃が走った。目の前ではアポロさんが俺の胸ぐらを掴んでおられる。綺麗な形の眉が怒りからか吊り上がっていた。
「お前は、自分の立場をよく分かっていないのですか。」
「え、」
「貴方みたいな唯の研究員風情が、ポケモンリーグチャンピオンに敵うと思っていたんですか?」
「あの、」
「何故大人しく逃げなかったのですか。」
「あ……」
俺の口の中はカラカラに乾いていた。お怒りだとは思っていたが、まさか、ここまで、だとは。言葉が出ない。一言も。アポロさん、俺は、俺は此処を、アポロさん、俺は、俺、も。
「何か弁解があるなら聞きますが。」
「……ありま、せん。」
やっと口から出た言葉は、都合の良い嘘。これ以上彼を怒らせない為吐いた、哀れな嘘だった。
「……もう結構です。部屋に戻って良いですよ。」
「……失礼します。ゲンガー、おいで」
「げんが、」
何処かしょんぼりしたような声でゲンガーが返事をした。きゅ、と白衣の裾を掴まれる。
(ごめんね、君は頑張って僕を守ってくれたのに)
そっと手を後ろに回し、優しく頭を撫でてやった。












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