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epilogue
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<time:world-end>
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「……コーヤ!? お前、コーヤじゃないか、神さまと駆け落ちした男!」
「え……ああ、機械開発部の。久しぶり。というか、いや、なんだいその不審なあだ名は」
「みんな死ぬまでそう呼んでたぞ。おどろいたなー、壁向こうへ行ったって言うからとっくに死んだものと。よく生きてたな」
「きみこそ。こんな街でまだひとが残ってるとは、おどろいたよ」
「ラボは丈夫だから重宝したんだ。セキュリティールームにライフル抱えて殴り込んで、シャッター下ろして立て籠ってな」
「なるほど、そっちも大変だったみたいだ。……きみが最後なのか?」
「たぶん。で、こんなとこまでなにしに来たんだ? 分けるもんなら、なにもないけど」
「武器はしまってくれるとありがたい。……思い出をさがしに、かな」
「……しまうことはないさ。それでよければ案内する」
「よろしく頼む」

「あー、その、……コーヤもひとりなのか?」
「彼女なら、だいぶ前に。壁の崩壊を拝むこともなかったよ」
「そうか。ひとりなんだな。……またおまえといのちを繋ぐ研究でもできたら、いいのに。なんてね」
「そりゃあ、また失敗する」
「なんだよ、言い切るじゃないか」
「不老不死なんて実現しないし、しない方がいいさ。ひとり残され続けるだなんてさみしいじゃないか。特に、こんな世界じゃね」
「ははっ、ちがいない……」

「……音楽を始めたんだ」
「はい? 音楽?」
「あとで案内の礼に一曲やろう。たまには感傷に浸りたいだろう?」
「……ふは。やっぱお前、アーティストが向いてるのな。いいなあ、まだ人生を謳歌できて」
「お誉めいただいてどうも。謳歌ならきみもすればいいのに」
「無理だ」
「それなら演奏のあとにもう一度同じことを聞いてみようか」
「どうだか……」
「……ところでこれはどこへ向かってるんだ?」
「ああ、保存してあんだ。どうにも捨てどころがわからないもんでね、おまえさんの思い出」
「私の、思い出?」
「水槽さ」

 うすい翠いろの水のなかに世界があった。灯りのない部屋の暗がりは静けさに張りつめていて、ゆらめく水流はもうなにごとも語らない。かつて永遠を騙ったちいさな水槽は内側に立って広げた両腕の手のひらがぴったり端につくくらいの幅だった。円柱形の、等身大の試験管――むろん誰もいない、主なら天に召されて久しいのだから。

「……こんなものが残っていたのか……分解して売れば金になったんじゃないのか?」
「分解する前に金なんか役に立たない時代が来ちまったもんで。どうする? これ。お前のものってことで全然いいよ、食えないし」
「そうだなあ……ううん、じゃあ、少しだけ持ち帰りたいかな、記念に。手頃な薬瓶とかあるかい?」
「薬剤庫、行くかあ。あのへんはひどい有り様だけどな」
「ありがとう。私のために」
「誰かと話す機会ももう最後かもしれないからさ」

「うわ。これはまた。荒れてるな」
「だろう? でもいちおう無事な棚もあるんだ。ええと、たしかあっち……」
「ううん。埃がすごい……」
「……お! この瓶! 無傷なのあったぞ!」
「お」

「……コーヤ、さ。帰るって言ってたよな」
「ああ、うん。ホームは決めてあるんだ」
「…………、」
「……。狩りができるなら。来るかい?」
「え、……え、いいのか!」
「のんびり暮らそうと思って家を建てているんだ。きみがいると助かるかもしれない」
「け、建築は専門外だけど! ああ、やるよ! それで、どこなんだ?」
「樹海の奥。そうだな、じゃあ演奏は帰ってからにするか……」
「うえ。なんで樹海」
「彼女の眠る地だから」
「……わかったぞコーヤ。お前。重い男だろう」
「なんとでも」

「その小瓶、墓にでもそなえるのか?」
「飾っておく。楽器のそばに」
「ふうん」
「なさけないかな」
「いいんじゃないか。好きにすれば、どうせなにもかも最後だ」
「ああ。まあ、そうか」
「うん」
「世界が終わっていくんだなあ」
「そうだよ。終わっていくんだよ。だのによく微笑っていられるな、お前」
「ああ。それはだってほら――」







「今日も空がきれいだから」






</end-stories>

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