■side A――10
「本当に、本当にいいんだな? いまさら全部お前の妄言でしたとか、ないよな? 大丈夫なんだよな?」
「しつこいですねえ……」
力を返したいなら、この世界でわたしが死ねばいい。そう告げ、この世界に来る直前の私に何があったのかまで説明したが、リューはうろたえるばかりで、納得させるまでにはなかなか苦労を強いられた。力の影響でよく人が死ぬ土地柄からだろうか、彼は人の死に関して少し敏感すぎるのだ。
大丈夫だ、わたしはもう死んでいるか、もしくは走馬灯を見ているだけくらいの状況だろうから、この世界におけるわたしの死は本当に死を意味するわけではない。そう説明し続けてうだうだと数時間。彼の小屋から遠く銀色の田園を眺め、もう夕刻が近づこうとしていた。銀の砂は独特に赤く光を秘めるから、この村の夕陽は美しすぎる。できれば、美しい景色に身を預けて死ぬのがやはり一興ではなかろうか。そう考えたわたしは日の傾きを感じた頃にリューを一喝して、彼のナイフを渡してもらっていた。
「うーん……わたし手首とか切ったことないから勝手がわからない……」
慣れない得物を手に、褪せた空を見つめぼやいた。リューはまだ怖いらしく眉根を寄せている。
「切るのが普通みたいなこと言うなよ……」
「向こうではわりと普通でしたよ」
「死んでも行きたくねえな」
「わたしは死んで行くんですがね」
時期が迫る。そろそろだろうか、期待を胸に小屋を出る。畦道に立ち、西を仰ぐと、黒い針葉樹林の少し上にまるく太陽が照っている。横向きに落ちる日陰のなかで下がり始めた気温が肌に刺さる。深く息を吸うと、喉の奥を冷気がすり抜けて肺に溜まってゆく。そのままの空気をゆっくり吐き出して思う。こんどの自殺行為はもう息を止めなくてもできる。
――冬は夕空が燃えやすい季節だから、わたしは好きだ。
「リュー、最後に言いたいことありますか?」
「え、……あー、料理がうまかったぞ」
「うわ、急に嬉しいことを。ありがとうございます。暖かいご飯は幸せの基本ですからね!」
「お前たまにやけに前向きだよな、自殺者の癖に……」
「あなたの影響です」
「もう存在しない俺の、だろ」
「そんなことはないと思いますが……」
まだだ。まだ、あの緋はやってこない。
「わたしからも一ついいですか」
「あぁ」
「好きです」
「……悪い、正直ひいたぞ」
「そうでしょうけど。誰がなんと言おうが、私は、あなたを尊敬して生きてきましたし、今でもそうです。こう言ったらかなりおこがましいかもしれませんが、誰があなたを認めなくても、わたしだけは生涯かけて認めていますから。……いえ、ごめんなさい。結局負けて自殺したのに言えることでもないですね……」
どんなに苦しくても、意思をもって生きたひと。それが私にはずっと眩しくて大切で、そんな宝物がごみ箱に投げ入れられたあの日、私はついに負けてしまった。あなたのように生きることができなかった。
だから、せめてわたしがあなたの道をこれ以上損なうことのないように。わたしのせいであなたが悲しむことのないように。それだけを、祈る。
銀の砂がそわそわとざわめきだした。白く燐光を散らしながら彼らはわたしと共にその時を待つ。一秒二秒三秒。夕燃のはじまりは、いつだってたった一瞬だ。そして。
眩い緋が目を焼いた。
「……俺がやる!」
「え」
「だから、もう死ぬなよ」
手元にあった金属の感触がするりと消える。わたしは驚きに任せて夕陽から視線を逸らし、目を見張る。
そうだね、そうだった。最期は、その色で――
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