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■side A――XX

 傾いた夕陽が、窓枠をくっきりと浮かび上がらせた教室内。私はひとり、ごみ箱の前に立ち尽くしていた。ここが、最後だった。
 このところ、夜の眠りが浅く、授業中に頻繁に眠気を感じるようになっていた。もちろん、居眠りなんてしたのが見つかったら、咎められるどころでは済まないことがわかっていたから――極力眠らないよう努めたし、それは成功していた。ところが、むしろそれが逆に悪かったのか、それとも無意味だったのか、予測していた『最悪』を防ぐには至らなかったのだ。
 わかっている、私は常にぼーっとしていた。隙だらけだった。本来あってはならないことだ。睡眠を改善するだけにも工夫のしようはいくらでもあったろう。努力を怠ったのは私だ。だからこれは私が悪いのだ。
 自分の机も、ロッカーも、下駄箱、今日訪れたあらゆる廊下や特別教室、もちろん落とし物箱も、なんなら思い当たる人物のパーソナルスペースまで――ぜんぶ何周か探し終えていた。ここになければ、完全に外に持ち去られたと諦めるしかなくなるだろう。
 窓も含めた出入口に内側から鍵をかけ、カーテンも閉めきると、差し込んでいた夕陽が途切れる。これだけやれば、マスターキーを持つ教師以外は誰も私の邪魔ができないし、行動を目撃もしないはずだ。じっと、ごみ箱を見つめる。深呼吸。そして袋を引っ張り出した。
 ディッシュ、紙切れ、お菓子の包装、プリント、小テストの答案。乱雑なごみをかき分けると、ご丁寧にいちばん奥底に、ひときわ重さのあるものを探し当てる。

「……あった……」

 胸には安堵が広がったはずで、しかし、袖で顔を覆わなければ自分が砕けてしまいそうになる。もう永久に顔を上げることはできないような錯覚に囚われる。袋からかき出したごみに囲まれへたり込む私を、見る人がいなくて本当によかったと思う。
 これまで数時間も淡白に探し物を続けていた自分が嘘のようにぼろぼろ泣きながら、黙って辺りを掃除し直した。人目を気にしながら手を洗って帰ってきて、改めてごみ箱から拾い出した私の宝物に対峙する。
 一冊の本――ぱらぱらと頁を捲る。捨てられてはいたが、本自体の状態は、さほど悪くはないようだ。

『少年は、既に命を捨てることを決めていた』

 全文すっかり暗記してしまった、そのかすかな言葉の片鱗が目に入ると、ただでさえまだ止まっていない涙がますます溢れてくる。息苦しさにぱたんと頁を閉じると、使い込まれたペールグリーンのブックカバーに、わずかに付着した汚れが指に触れた。
 早く帰って洗わないと。つぶやいて、本を仕舞い、涙を拭って教室を出る。三年生の下駄箱まで足早に進み、新品の真っ白な上靴と薄汚れたローファーを取り換える。校門をくぐる頃には、辺りは暗くなり始めていた。ひと気のない夜道に息をつく。道端の暗がりが一斉に私を睨んでいる。でも、私はもう平気だ、と信じた。だってちゃんと宝物を取り戻したから。

「私は、あなたのように強く生きたいんだ。――リュー」

 いつだって、私を救ってくれたのは、あなたの言葉と生きざまだった。



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