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■side B――3

 無人の町の実態は謎に包まれている。近年急速に増えたと言われるゴーストタウン、そこにいたはずの人々がどこへ消えたのか。それは俺も知らないし、彼女もまたよくは知らないようだ。ただ、生活感をそのまま残した町並みからはめっきり人気が消えている。それだけが確かであり、食料を探しているだけの旅人にとっては十分だった。
 延び放題の雑草以外を除けば小綺麗な家屋に押し入り、食料品を持ち去ることを繰り返して数件。ふと、別の部屋を漁っていたシアが俺を呼んだ。見れば、不自然に埃の積もっていない一角に、丸まった布と、散らばった飲料水の殻が置かれている。

「……人がいますね」
「早く出よう」
「はい」

 足早に玄関へ向かう。よくよく見れば、かの部屋から玄関への道筋の埃の積もり方も他より浅い。誰かが最近あの部屋に立ち入ったことは明白だった。
 玄関を抜け、俺たちは念のためその近所からは離れるべく別の区画へ足を伸ばす。
 草木のない市街地は、ほとんど人がいたころと変わりない様相だ。唯一、奇妙なほどの無音だけがここをゴーストタウンたらしめる。やけにあざやかに耳をうつ二人ぶんの規則的な足音をしばらく聴いていた。やがて気づいて、足を止める。シアが数歩先で不思議そうに振り返る。
 ――ずれたな、音。
 荷物に手をかける。

「逃げるぞ」

 まだ顔色の優れない彼女の袖を掴んで走り出した。すると、合わせてきていた足音は明確に三人分に増える。俺は振り返らずに駆ける。後ろの彼女も黙ってついてくる。第一印象ではきわめて奇妙な奴だったが、こうしてみると物分かりが良い。
 しばらく市街地を走り回ったが、相手も必死だ。なかなか撒けないうちに彼女が息をあげ始めた。舌打ちしそうになるのをすんでで堪える。いまの彼女は相当に弱っていて然るべきなのだ。俺は彼女の腕を引いて近くの路地に押し込み、自分は追っ手と対峙した。女性を少々乱暴に扱ったことはあとで謝る他ない。
 相手はひとりの子供だった。痩せた四肢に、目だけは大きくぎらぎらとしている。

「何の用だ」
「ひと……」

 かすかな吐息とともにつぶやいて、子供が歩み寄る。嫌な汗が滲む。
 この町で子供が生きることに、今のところ不自由はないだろう。ライフラインがあり、家があり、食料も足りている。それでも彼らが人を襲うのは、むろん、生きた町に行って暮らしたいから、だ。金がなければ、生きた町では相手にされない。
 どう切り抜けようか、悩みながら近寄る子供を前に後ずさると、表情のなかった子供はふいに笑顔を浮かべた。
 なんだ――
 足音がする。
 はっとして、路地のほうに視線を振る。またひとり、幼い影が、猛然と彼女のもとへ駆け寄っているのが見えた。途端、目前の少年が俺の死角に回り込む。咄嗟に身を翻す。頭が痛む。どうする。子供に暴力はできるだけ振るいたくない。だが少年にかまけていられる時間はない。彼女の安全は確保しなければならない。

「シア! 力は使うなよ!」

 重い旅荷物を子供の側頭部に降り下ろした。ごめん、とつぶやきながら全力で蹴り飛ばし、痛みに転がる少年をよそにシアのもとへ向かう。駆けてきたもうひとりの子供は、迫る俺を見て一目散に踵を返し逃げていく。ありがたい。最初からそうしてほしかった。
 まだ息の上がっている彼女は、建物の壁に凭れたままじっとうつむいている。

「悪い、弱ってるのに。大丈夫か?」
「…………」
「おい?」

 反応がない。怒ったか、疲れたか、それとも何か調子が悪いのか、不安になって呼び掛ける。仮にも彼女は俺の力を持っている、かもしれない。返さないうちに死なれたら困るのだ。
 ゆっくりと、彼女がようやく視線を上げた。

「リュー、わたしは」

 言葉が不自然に途切れる。
 そのまま、彼女は意識を失った。



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