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■side A――5

「盗んだ……?」

 三日もお世話になった女性からいただいたささやかなお弁当を夕食にして胃にしまい込み、美しい夕景を眺め幸せに浸っていたら、急にこれだ。私はペールグリーンを睨み付けて眉を潜めた。最初から面倒な人だとは思っていたけれど、まさかここまで意味がわからないことになるとは。今はあまり魔法も使いたくないから、せめて害意のない人だといいのだけど。
 彼はひとつ頷き、問いを重ねる。

「えっと。そう、お前、あり得ないことができるんだろ?」
「あり得ないこと?」
「普通の人間が、あれで生きてるわけないし……無傷で検問を突破だって、おかしいだろ。なにかイカサマがないと」

 少年が必死でなにかを言いたげにするから、まさかと思う。彼はもしや私の『魔法』のことを。

「二ヶ月前からできるようになった。違うか? 俺の力は、そのとき急になくなったんだ」
「……二ヶ月」

 わたしは押し黙る。具体的な数字を出されては与太話と流すのも難しくなってくる。これはひょっとする、と思ったのだ。二ヶ月前。それは、たしかに、わたしが記憶を失い、目覚めた時期と重なっている。その頃から魔法を使うことはできた。以前のことは、知らない。
 が、彼の言葉を信じるなら、この魔法はもともと彼のもので、二ヶ月前にわたしが盗んだということになる。
 盗むってなんだ。どうやって?
 とにかくだ。原因のわからないペールグリーンへの安堵、謎の魔法、今の彼の発言。総合すれば、記憶喪失以前、わたしと彼との間に何かがあったかもしれないと考えることは可能だ。が、彼の様子を見れば、わたしたちが初対面であることもたぶん間違いないだろう。だからわからない。ただ。
 それでも、わたしの記憶の手がかりは今のところ、彼しかないのが現状だ。

「詳しくはわかりません。二ヶ月よりも前の記憶がないので――わたしはいま、記憶を探して旅をしています」
「は?」
「先に突拍子もないことを言い出したのはあなたですよ。……あなたの言うことが全部正しいと仮定して。わたしの記憶にあなたが関与している可能性は否めませんね? 教えてくれますか。その力のことと、二ヶ月前のことを。……と、その前に」

 面倒だけれど仕方ない。記憶に繋がるのなら、彼の妄言に付き合うしかない。
 佇まいを正し、人間味を感じない鮮やかなペールグリーンに向き直る。その色に伴う安堵は未だ消えない。その色を携えている時点で、怪しいはずの彼の言動を疑いたくないなどと思ってしまうほどに。

「わたしは、シア、といいます。あなたは?」
「……リュー」

 夜が来る。岩影の藍に呑まれ、わたしたちは黒くなる。わたしはほとんど感覚で自分の荷物を漁り、手動発電式電灯のスイッチを入れた。まばゆく無機質な白の光で、一瞬だけ視界が潰される。

「では、リュー。あなたもここで夜営でしょう。準備と食事を終えたら、話をしましょう」



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