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■side B――2

 技術力を感じない家並みには、珍しく生活感がある。点々と灯りのついた家屋、手入れされた畑に落ちる夕闇。ここまでの道のりは険しかった。下山にかかった時間は三日弱。村を探し当てるのに半日。その間中歩き通した俺は、疲弊と安堵からひとつため息をつく。
 ここしかない。
 俺は荷物を背負い直して近くの家の戸を叩く。

「はーい! どなた様?」

 玄関に姿を見せたのは初老の女性だった。見慣れぬ人間に目をしばたたいた彼女に、俺は軽く会釈をする。

「突然すみません。……人を探しているんですが」

 赤毛の少女を見なかったかと問うと、女性の顔はぱあと明るくなり頷いた。

「ああ! シアさんね! 彼女ならさっきここを出てったけど……」
「本当ですか!? どちらに行きました?」
「西に。次の町に向かうんだって」

 大当たりだった。
 ほとんど駄目元でここまで足を運んだはずが、成功してしまってむしろ拍子抜けする。村人のあまりの口の軽さにも驚きつつ感謝する。そうか、あの妙な女はここへ立ち寄ったか。それなら、やはり、あの女はあの転落をものともせずに生きていて、かつ谷底を抜け出してきたということになるのだ。
 いよいよ、あれから脳裏にちらついていた可能性が存在感を増してくる。もしかしたら、彼女は俺の。
 ――行く手の見えない迷路で、ようやく光が見えた気分だ。

「ありがとうございました!」

 そそくさと女性に頭を下げ、挨拶も聞かないままで走り出した。さっきここを出た、となれば、見失う前に追い付かなければならない。沈みかけた夕陽に目を焼かれる。でこぼこの畦道を足を捻らぬよう気を付けながら駆け抜け、昔ながらの家並みから遠ざかり、視界に建物が入らなくなってきて、なお足は緩めない。大丈夫、ここから西へつながる道はひとつだ。
 走り出して数分。疲れてきて、早歩きに切り替えて数十分。夕陽はどっぷり沈み、残存した赤が道端の薄暗がりに囚われ、視界が悪くなり、そろそろ諦めかけたころ。
 見つけた。――闇のさなかでもこちらへ伸びる長い影。
 彼女は道端に無造作に転がった岩に布を敷いて腰掛け、まだ赤い西の空を眺めていた。岩の影、道からは見えにくいところに、もう夜営の支度が終えられているのもうかがえる。

「おい」

 呼吸を整え、呼ぶと、彼女が振り返る。日没後に残されたわずかな光をかき集めたように、身に纏う赤はなお赤く映える。逆光で表情ははっきりしないが、かすかに驚いた様子が見て取れた。

「あ、正義感の強い人」
「なんだその覚え方」
「こんばんは、先日はどうもすみませんでした。どうやって山を抜けてきたんですか? あの谷、渡れなかったのに」
「どうって。ふつうに降りて回ったんだ」
「それはお疲れ様でした」
「つーか、聞きたいのはこっちだ!」

 背の荷物に手をかけ、彼女を見上げ睨んだ。

「お前、なんで生きてる?」
「教えなければならない理由がありますか? 興味本意でしたら、お引き取りください」

 彼女の返答は素早く、にべもない。が、さすがにただの雑談では済まないことを察したのか、布を肩にかけ岩からひょいと降りてくる。俺の目前に立った彼女は丸腰で、言動とは裏腹に警戒が見られなかった。普段はどうしているのかといらぬ心配をしてしまう。

「……こっちを先に聞く。お前、谷底の連中の仲間か? わざわざあそこで降りたんだ、言い逃れはするなよ」

 あえてきつい言い方をした。彼女の視線が強くなる。

「……。いいえ?」
「じゃあ敵か」
「無関係ですよ。……何も知らずに降りて、嫌な感じがしたので逃げた、それだけです」
「で? 無関係の人間が軍施設から無傷で出てきたんだな?」

 空は徐々に藍に暮れてゆく。彼女の顔にも暗がりが落ちる。お互いに表情の見えないまま対峙した。俺は、もう一歩、踏み込んで問おうとした。だが遮られる――彼女が口を開く。

「あなたこそ、あの連中のことを知っている。関わりがあるんですよね? 勘弁してください。知ったら戻れないことは知りたくありません」

 ふいに上がった視線。刹那に見えた、消えかかった夕闇と同じ色の。俺は動揺する。いったい何に揺さぶられたのか、自分でも定かではないが。焦燥。手のひらを握りしめる。

「待て、違う。お前が本当に連中と無関係なら、その件で巻き込むつもりはまったくない。俺が言いたいのは」
「……」
「お前、……俺の力を盗んだだろって、ことだ」



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