Fictional forest
「祈り」
家路に街灯は少ない。
かさついたノイズを耳に、影もできない夜の底で冷たい息を吐いた。
秋口だった。
どこからか風に運ばれてきた枯葉が、側溝に溜まってかたかたと震えている。
パーカーの裾を直して、ポケットに両手をおさめる。
『ねえツカサ、なんか面白いの見つけた』
繋がりっぱなしの通話口から、弾んだ声が耳に流し込まれる。
そっちはあったかそうでいいな。絶え間なく鳴るキーボードを遠く耳にして、湊月咲は内心そんなふうにぼやいた。
「おー、何々」
『すごいよこれ。あんまり見たことないなー。ローカルネタだ』
「ローカル?」
『ひめきの森って、わかる?』
ゆるやかに夜道を辿っていた足が不意に止まる。
街灯が、すこし先に見えていて、暗さに慣れた視界がわずかににじむ。
一秒、息をした。
「なんかの団体名?」
『いや、だから、森』
「森……は聞いたことないな。林ならそこらにあるけど」
『そうなんだけどさ。なんかひめきの森にお宝探しに来たって人のブログがあって』
「……」
『でも肝心な森が見つけられなくて帰ったって。なんだろ、ホラーかな?』
「なんじゃそりゃ」
苦笑で返して、足を進める。黄色い光が頭上をよぎって、影がひとつからふたつになって、またひとつに戻っていく。
――たしかに、彼女の好きそうな、不可解な話だけど。
調べようなんて言われたら厄介だ。
でも、言い出すんだろう。わかっている。
それでもいい。くだらないと笑い飛ばせば終わるだけのお遊びなんだから。
『ねえねえ、森、探そうよ』
「林めぐりするのか?」
『そう!』
「はは、いんじゃない。半分ピクニックみたいにしてさ、行こうよ、みんなで」
通話口の向こうで、見えない彼女が笑顔を浮かべたのがわかる。
だからツカサも笑う。ほとんど反射で、だってそう決められているから。
俺たちは笑みを交わして、今だけは明日に胸を高鳴らせる。
それが、たぶん、友達ってもんだろう。
『決まり! いつにする?』
「明日でいいでしょ」
『ようし。もうちょっと調べておくね! おやすみ!』
勢いのあるあいさつを残して、ずっと聞こえていたホワイトノイズが急に無機質な電子音に切り替わる。
ツカサはイヤホンを外してポケットから熱くなった携帯を引きずり出した。
表示されているのは通話相手の名前と数時間にわたった通話時間の記録。
赤羽園。アカバネソノ。一方的に話を進めて一方的に通話を切るような奴。
異性だが、たぶん親友なのか。わからない。
でも、毎日のように会って、遊んで、別れてからも寝るまで通話で駄弁るような生活だ。
共にいる時間は長い。
まあ、それだけだけどさ。
ふと気がつけば自宅の冷えきった玄関に手をかけていた。
思考の停止したまま、靴を脱ぎ捨て、温度のない廊下を渡って自室に上がる。
携帯を充電器にセットして、上着を脱いで、シャワーを浴びて寝る。
それが終われば明日がくる。ツカサは自然と笑顔になった。
広々とした部屋の片隅に、無造作に段ボール箱が転がっている。
その上、茶色のちいさく味気ない空のなかで、色とりどりの折り鶴が翼を広げている。
明日を待つ前に。
また一羽、ちいさな鳥が空へと放たれた。
2018年9月28日
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