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見上げた空のパラドックス
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Q.あの日のことを覚えていますか?

「あの日って?」

――2001年、

「ああ! 6.21のこと。もちろん。おれたち世界隊が一気に有名になった年だったもの。名前通りなんて言っちゃアレだが、ほんと、世界じゅうにニュースが行ったよね。あれはすごかった!」

「……ああやめてくれよ、おれたちっていうのは言葉のあやだ。今はもう隊に帰る気持ちなんて無いんだ、本当だよ。組織ぜーんぶ、とっくに派手に散っちまったしさ」

――あの日は何をしていましたか?

「いやあ、おれがいたのは川崎支部だよ? 実行部隊じゃないどころか作戦も知らされてなかった。当日は、そうだな、朝からぐうたら寝て過ごしてた。雨の日だったしさ、眠たくて。夜のニュースを見てから事を知ったよ。ニュースを見たときは、怖かったけど、興奮したね。死傷者100人だろ? おれたちがやった。とんでもないことが起こったんだって」

――事件はどのようにして起こったと思いますか?

「さあなあ、多分、上層部が特に殺しの腕のいい奴らをこっそり集めてやったことだと思うよ。東京本部がどうなってたかは知らないけど、地方の支部じゃ誰も知らなかったと思う」

――藤崎敬の独断だったという噂がありますが、どうですか?

「ボスには一回しか会ったことないんだ、おれにはわからない。でも、まあ勘なんだけど、ボスはあんなことするような人じゃなかったんじゃないかなあ。おれたちみてえなゴミを拾って生かしてくれた人だぜ? 信念があった。無差別な殺人なんて、嫌いだったはずだ」

「おれはボスのことは今でも信じてるんだ。世界隊はデカくなりすぎて、ボスの優しさを貫けなかった。だから滅んだ。そう思ってるよ」

「おれだってあの日、大宮駅で98人死んだらしいって聞いて、公衆の面前で無差別殺人なんて許されることじゃないのに、正直わくわくしたんだ。『遺書』のとおりさ。世界隊は、どうしようもねえ、悪になっちまってた」

――6.21の背景について、『遺書』には藤崎敬の跡継ぎ問題があったと書かれていますが、これは本当でしょうか。

「もっとわからないな。ボスに息子がいることは知ってたし、そいつがどうにもあんまイカしてないらしいってのも噂では聞いてたけど。他に跡継ぎを探してたなんてのは知らなかった」

「6.21がなんで起こったのか、誰が計画して実行までこぎつけたのか、知ってた奴らはもうみんな青柳俊に殺されてる。調べたって一生わかんない話だろうさ」

――では、青柳俊については、どう思われますか?

「………………あの子は――、」

「あの子は、死んでくれてよかった、と思うな。あの子が生きていたら、おれも、おれ以外の大勢も、あの子のために、あの子のせいで、……間違ったことを……していたはずだ」

「なんなんだろうな、ボスの真逆っていうかさ。変なたとえだけど、世界隊じゃ、ボスが太陽で、あの子はブラックホールだった。あの子が跡継ぎ候補だったっていうのもちょっとわかるな、やめた方がいいとは思うけど。あの子は本当に強くて、人を惹き付ける、星だった。どんな光もあの子の前では無力だった。あの子の周りはなにもかもおかしかった」

――会ったことがあるんですか?
  おかしかったというのは、具体的にはどういったことですか?

「……あるよ」

「見た目は、普通の、ガキだったな。頭がよくってさ。おれらの支部に置いてあった難しい本とかそういうのを、しれっと読んでたよ」

「あとのことは……話したくない」

「人に話すようなことじゃないんだ。勘弁してくれ。おれはもう、世界隊の人間じゃない。悪いことはできない。悪いことは言えないよ。話は終わりだ」

――ありがとうございました。












Q.あの日のことを覚えていますか?

「あの日って?」

――2005年、世界隊郡山支部で数十名が一夜にして殺されたそうですが。

「ずいぶんディープなことを知っているね。……らしいけど、郡山には生き残りが誰もいないからな。『遺書』以上の詳しいことはわからないよ」

「あのとき郡山は、本部から逃げて全国あちこち飛び回っていた青柳俊を、ようやく捕らえ、無事殺した。という嘘をついていた。本当は生かして監禁していたんだ。拷問して遊ぶために。あの支部には前々からそういうところがあってね。私も注意はしていたんだが……」

――あなたと郡山支部との関わりは?

「私は宇都宮支部で運び屋をしていてね。郡山へはよく書類や物資を届けに走ったんだ。建物へ入るたびに血の匂いがして、そのへんにごろっと裸の死体が転がっていた。悪趣味なところだったな。しかし私に止める力はなかった。奴らの機嫌を損ねるのが怖かったから」

――怖かった?

「郡山支部は異能者の溜まり場だったからさ」

「本部にも何人かはいたらしいけどな。世界隊が拾った異能者は、ほとんどが郡山に送られていた」

――では、異能者について、あなたはどのように考えていましたか?

「うーん、かわいそうと言って許されるかわからないが。あの時代の異能者というのは本当に、本当に生きる場所がなくてね。世界隊が最後の砦だったのは事実だよ。が、それにしたって、隊の中でだって、異能者は恐れられて遠ざけられて、小さな支部に隔離されていたのが現実さ。遠ざけるどころか、異能のことなんて少しも知らない隊員だって多かったはずだ。表社会と変わらないよ」

「私も遠ざける側だった。郡山へは行くたびおっかなびっくりだったさ。趣味の悪さのせいでもあるが、なにより彼らの力が怖かった」

――青柳俊が郡山支部を殲滅したことについてはどう思いますか?

「怖い連中だったからといって、死んでうれしいなんてことは毛頭ない」

「あれはなんというか、青柳俊のことも哀れみたい気持ちは少しあるよ。どんな目に遭ったか想像に難くないもの。しかし、こう、郡山支部はとんでもない爆発物を不用意につついてしまったんだな、という印象は正直ある」

――青柳俊に会ったことはありますか?

「私は幸い無いよ。かつての同僚が何人か、会って、しばらくおかしくなっていたことならある。あの子は、人の形をした劇物だったのかもしれないな。心を毒に浸すんだ」

――おかしくなっていたというのは?

「平たく言えば、悪い人間になっていたのさ。もちろん世界隊に属していた時点でみんなはなから悪い人間だったろうが、そういう次元ではなく、ね」

「人間の悪性という悪性を。あの子はその目で直に見てきて、憎んでいたんだろうね。あんなに皆殺しにこだわったのも、……己を殺してしまったのも。きっとそういうことだったと私は理解しているよ。会ったことがないんだから、想像にすぎないが」

――ありがとうございました。












Q.あの日のことを覚えていますか?

「あの日って?」

――2007年、

「8月5日、ですね」

――……はい。それから年末にかけて続いた世界隊解散にまつわる一連の騒動についても、お伺いしたいのですが。

「残念ですが……」

「何も、言いたくありません」

――わかりました。失礼いたします。

――ありがとうございました。

「待ってください。あなたのことをうかがっても?」

――私は。

「このことについてあまり嗅ぎ回るのはおすすめしません。すぐに表へ帰れなくなってしまう。それとも、わかっていて調べているのですか?」

――私は、藤崎敬の妻です。

「……ああ!」

「覚えていますよ! 6.21からずっと世界隊を激しく非難していた、あの記者ですね? 解散騒動後はめっきり見なくなりましたが。まだこんなことをしているのですか?」

――ずっとこんなことをしていますよ。
  何を書いても規制されてしまうだけで。

――ご心配いただかずとも、私は、世界隊のことも異能者のことも、関連する多くの事件についても、詳しく知りません。こうして表から調べてわかることまでしか、わからなかった。私は、最初から、ずっと表の人間ですから。

「裏の事情を知って嗅ぎ回って、どこが表の人間ですか。そのうちきっと殺されますよ」

――はい。ご忠告、ありがとうございます。
  それでも、私は続けます。

――うかがったお話のたったひとつでも、世に届けばよいのですが。

「…………」

――あなたには、関係のないことです。

「ええ。そうですね。どうせ、あなたが何を書いても、どこにも届きませんから」

「あの日のことは、誰も本当には知り得ません。誰も生き残らなかったから。私たちが『遺書』だけ読んで何を思って語っても、すべてが想像にすぎない戯れ言です。語っても、書き記しても、意味がない。――それが、決まりなんですよ。運命なんです」

「青柳俊が、尊い命を懸けて、そう望んだのだから」

――……では、失礼いたします。















Q.あなたが、鹿俣朸ですね?

「……、手を上げな。それと、レコーダーは止めてもらおうか」

――はい。必要なように拘束していただいてかまいません。

――ずっとあなたを探していました。十四年かかった。ようやくお会いできて光栄です。

「ふうん。……十四年に免じて一応聞いてやる。何の用だ」

――たったひとりの、秘された生き残りのあなたに。
  ひとつだけ、頷いてほしいのです。

――青柳俊は藤崎敬を狂わせたと思いますか?

「は?」

――6.21はなぜ起こったと考えていますか?

「…………、……へえ…………」

「……ひとつ聞くが、俺はこれからお前を殺す。それでいいな?」

――質問に答えていただければ。

「そうか。わかった。お前が誰かも、何が目的かも。……敬意を表して、ちゃんと答える」

「ボスはそもそも青柳とはほとんど会ってないぞ」
「あの日、大宮のプラットホームで、たまたま居合わせた俺と青柳に殺しの素質を見いだして拐うと決めたのは、確かにボスだ。その時に魅入られたっていうならわかるが」
「俺たちを拐ったあとのことは部下に、ていうかだいたい藤崎に任せてたしな。あ、悪い、藤崎海のことだよ。ボスは、隊員にかならず一回は顔見せしてたけど、それ以外で自由に会える隊員なんて、本部のなかでも護衛と藤崎海くらいだった。息子にだけは甘かったよな。藤崎、できるやつじゃなかったのに」
「だから。俺の認識が正しければ、青柳がボスに会ったのは、最初の6月21日と、最期の8月5日の二度だけのはずだ。普通に考えたらお前の言う線は薄いだろうな」

――……。

「お前は世界隊の暴虐を何から何まで青柳のせいにしたいのかもしれないが、さすがに無理があると思うぞ。世界隊は、青柳が現れなくたって、芯から腐ってた。最悪だった。認めなよ、お前ならわかるだろう」

――…………。

「でも」

――でも?

「お前の夫と息子を殺したのは、確かに青柳俊だろうよ」

「普通に憎めばいい。お前は大切な人を殺されたんだから」

「全部があいつのせいだって、みんなにもあいつを憎めって、そんなこじつけを言うためだけに、十四年もかけたのか?」

――……。

「もういいか?」

――いいえ。

「余計な時間はないんだ。五秒だけ待つぞ」

――あなたは、

――あなたは憎んでいないのですか。青柳俊のことを。それとも、あなたさえも彼が英雄だと仰いで、心酔しているのですか?

「……」

「……俺は、……わからないよ」

「わからない」

――そう、ですか。

「じゃあな」

――……。




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