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見上げた空のパラドックス
dream7 ―side Ai―

 葬式は少しの活字で執り行われる。或る人の死を唯一悼んでくれる活字はあっけなく電子の集まりになり、軽々と野を越え山を越え、まあだいたい、俺の金になる。

『昨夜××氏が管理者の襲撃により死亡しました。以後の担当任務の引き継ぎをお願いします。詳細は添付資料をご参照の上、疑問点は折り返し――』
「おいおいおい……どんだけ俺の仕事増やしたら気が済むんだよ……」

 違法異能集団での命の重さとはそういうものだ。
 仕事用のスマホをうんざりと見つめ、返信は後回しにしようと決めて歩き出す。各地に散りばめられた性風俗店を騙る戦争屋の宿舎はいつもどこか煙草の匂いがする。

「テラせんぱーい。寝てますー? あの俺仕事増えたっぽいんでもう失礼しますー! 報告は移動中に作って送りますんでご確認よろしくお願いします! 聞こえました? まあいいやあとでメールしまーす」

 2日と留まったことのない宿舎の隣の部屋の戸を叩いた。返事が来る前に踵を返す。
 目を閉じる。数多の線の中でどれが任意のそれか、どの線とどの線を繋げればいいのかは直感でわかる。ただ一本、線を引き、消して、一歩踏み出す。俺は地下鉄のプラットホームに立っている。階段近くは風が強い。
 最近の若者のそれに倣って、電車を待つ間から降りるその時までスマホに目を落としていた。何のためってさっきまでの仕事の報告書を作っていたのだ。俺の活動は異能の性質的に俺しか正確な観測ができないので、報告書も全部ひとりで仕上げなきゃいけない。マジだるいって。
 どうにか目的の駅に着くまでに文書の制作を終え、送信する。訃報ビジネスメールへの返信はギリギリ間に合わなかったので、致し方なくその辺でなんとなく缶コーヒーを買って、ベンチで飲みながらおこなった。上層部は俺が出来すぎる奴と思ってくれているので、いつも引き継ぎ時の指示が大雑把で、確認に時間を取られる。

「まったくさあ……」

 とりとめもないぼやきを口内に、空になった缶をゴミ箱に押し込み、また一歩。
 世界の外側に向かって歩いた。誰にも見つからない空間の狭間に息を潜め、管理者の隠れ蓑の一つと見られているオフィスビルを覗く。俺の仕事のだいたい半分はこうした諜報だ。
 極力、歪みを悟られぬよう、何重にも線を引いて対岸を見た。どこでもないここでは圏外なスマホのメモ帳に盗み見たものを列挙していく。こういう味気ない諜報作業は楽でいい。見つかったら殺される覚悟は要るが。
 俺は今のところ生きている。
 あらかたの情報を拝借して退散した。メインターゲットは異能者のリストなのだが、ここにはないようだった。

「十分だよな……? 手当出るよなこれで……」

 携帯充電器は欠かせない。なんならスプリングコートの胸ポケットにスマホを、腰の両ポケットに一つずつモバイルバッテリーを入れている。本日2枚目の報告書作成にうんざりしながらスマホにプラグを挿し、チェーンの喫茶店に入り、お高めのパフェを頼んだ。俺の仕事のだいたい半分は文書作成だ。まったくさあ。
 いやまあ、パフェが美味いので今日はいい日なんだけど。
 日々、そんな感じだ。

 強い力を持って生まれた奴が選べるのは二つだけだ。
 力を抑えて隠して生きるか、力を使って役立てて生きるか。
 管理組合は前者への偏りが激しい。俺たちは後者への偏りが激しいのだと思う。違法組織にいる奴らは、だいたいが自らの力をもっと使いまくれる場所を探して、この界隈へやって来る。そして、己の力を磨いて、使って――それで何が為されているのかは、だいたいがあまりはっきりとはわかっていない。
 たぶん、漠然と、「使える異能を持った奴が、もっと力を使えるように」、それが俺たちの目標なのだと思う。もっとわかりやすく言うなら、「最強になりたい」、とか?
 組織のやっていることを大まかに言うなら、管理者側の異能者を横取りして、より強く育てる、だ。そんなよくわからない事業でこんなに金や人や命が動いているのだから世も末だった。

 俺はなぜこんな組織にいるのか?
 俺は。
 管理者に関わってしまうと、身内全員に綿密な調査と管理指導が入る。異能は遺伝するから、奴らは親戚一族まるまるの情報を押さえ、子のいる養育者には特に異能の捉え方や発現時の対応等を叩き込みに来る。これが、嫌だ。
 あとはまあ、数人を十分に養える程度の金を、ひとりで稼ぎたい。
 なんて言っていたらいつの間にか任される仕事も金も無駄に増えすぎて、行けたはずの大学に行き損ねている。
 ……こういう違法組織員、結構いるんだろうなあ。

 本日2枚目を提出し終えた、その送信ボタンを押して画面を閉じるより前に、電話着信を知らせる振動が手のひらに伝わった。
 パフェ食べ終えててよかった、と心底思いながらイヤホンで通話に応じる。カフェで通話なんてマナー違反だと思うんだけど、出なかったら命に関わるかもしれないので許されたい。

「なんすか……? いまカフェなんですけど」
『ちょっと東京本部まで来て、今』
「30秒待ってください」

 通話を切った。コートを羽織り、食器類を下げ、ごちそうさまでしたと声をかけて店を出る。角を曲がる。境界線の狭間を歩く。
 日々、こんな感じだ。マジで。せわしねえ。
 一歩。繋げた線の先に躍り出る。なんのことはないPCデスクの並んだ、宗教法人の皮を被った戦争屋のオフィスである。がやがやと、先ほどのカフェより少し大きいくらいの喧騒がある。俺を呼びつけた先輩を見つけるのに三秒かかった。ここに来るのは初めてではないが、こんなに人がひしめいているのは、初めて見た。

「ども。藍です。テラ先輩さっき神奈川で寝てませんでした?」
「それがね、君が出てってすぐこっちに呼ばれちゃって。私もさっき着いたところ」
「お疲れ様です。で、これ何事ですか」
「藍くんて人殺せるよね?」
「げ。いくら出ます?」

 物騒な話が来てしまった。あー来ちゃったか、くらいの受け取り方になる。ここはそういう界隈なのだ。南無。

「いや、頼みたいのは講師。殺し方の」
「なにそれ戦闘より嫌なんすけど」
「教え子は20人くらい」
「俺ひとりで!? 俺いちおう諜報班ですよ、ぜんぜん異能研究してないんですよ?」
「藍くん上だと何でも屋って呼ばれてるらしいよ」
「うそお」
「研究してない、こそ嘘だね。どんどん色んな使い方できるようになったじゃない、君の力。そろそろ神様になりそう」
「あのですね。そりゃ俺は力だけは有能かもしれませんけど。異能の拡張ってつまり、個人個人の世界観のメタ認知じゃないすか。俺は俺よりバカな奴の見える世界も俺より賢い人の見える世界も想像できません。つーわけで無理ですその仕事」
「それがわかってるから君は有望なんだよ」
「ってわかってる先輩の方が有望じゃないすか」
「うん、私も30人くらい教え子もつんだ。今、実績のある子みんなに声が掛かってる。かなり兵力が要るんだろうね。だからまあ、よろしく」
「うっそだあ」
「8番のパソコンに君用のリスト入ってるから見て。データの外部持ち込みは厳禁」
「はあ……わかりました……」

 日々、これから変わりそうだな、と思う。


2022年1月30日

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