見上げた空のパラドックス
駅前にて 俊
煙、花の香り、足音、物音、かすかに啜り泣く声、沈黙、沈黙、しらじらしい電飾看板の喧騒。
駅前、家電量販店の店頭は同じ文言ばかり流すから、テレビの並ぶ傍らを行く人びとはこぞってうつむき、足を早める。
蹲ってそれを見ている。
めぐる6月21日。
ああ、今年も来てしまった。
少年は薄霞の晴天をぼうと仰いだ。誰かが悲しむには、ちょうどいいくらいの蒼色をしていた。
「もう、思い出さないことが増えてきたんだ」
誰に言うでもなく、強いて挙げれば足元のくすんだアスファルトにむかって、ごく小さな声が紡がれる。とつとつと。懺悔に似て。
「時間が経ったんだ。僕はもう悲しくもなくなったのにね」
見上げる先。ひとつ上階に張り巡らされた通路の、駅構内手前の、円い空間。そこに沈黙を顔に張り付けた人びとが群れをなしている。手に手に、花を抱えて、こうべを垂れる。
あのひとたちはまだ悲しいのだろうな。少年はそう思った。いや、考えたのだ。感情は伴わず、ただ事実として推測した。トラウマはひとの心を、進めなくする。彼らのなかでは時間が経っていないのだ、あの日から。
いったいなにが違ったんだろうなあ――僕と彼らとは。
そう考え始めようとして、すぐ面倒になって立ち上がる。上階の通路へつづく階段をゆっくりと登り、見つめていた場所へ進む。凪いだままの心地で、広場の片隅に立つ。
献花台には、こんもりと色とりどりの花が積み上げられて、排気の染み付いた駅前で、そこだけ甘い香りが漂っている。
少年はただ黙っていた。沈黙に支配されたその場所で、その他にできることもなかったから。
考える。思うことができない分を補うために。
この現在のこの体感のすべてが、あの日のあの事件にまつわる言葉にならない情動の代弁であるなら、聞き届けなければならないのはやっぱり僕だ――だから。だからどうするんだろう?
漏れ聞こえる構内アナウンスが耳鳴りを呼んだから、そうだったなと思い直す。僕も耳鳴りだけはあの日から治っていない。止まったままの時間の唯一。電車のブレーキと悲鳴。血のにおいがする。もちろんぜんぶ気のせいだ。
耳を塞げばそれも終わった。花の香りが戻ってくる。沈黙に身を溶かすには、息を吸って吐くことが邪魔くさくてしょうがない。
――青柳俊は数分だけそこに立っていて、そうしてきびすを返した。
2019年6月21日
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