見上げた空のパラドックス 単発SS詰め@ 日暮 青空 俊 【日暮】 憶えているのは、手渡された幾つかと、その重さ、それから彼女の涙の冷たさだけだった。日々の境界をゆく深夜帯、目前にあるのは闇と虚無感と。それらを統合して形作られたのがこの自分だが、はたしてそれなら何故こうも曖昧なのだろう。もう解らない此処にかつて何がおさまっていたのだろう。 今日も考えている。 - (貴方の終末を祝福します。) 澄んだ青天を映した水面に、彼の姿だけが燈を灯していた。目のくらむような光のさなかに手を伸ばすと、ふいに彼が笑って言った。 「おいで」。 わたしは朦朧と光のなかへ吸い込まれた。 冷やかな水流が呼吸を浚ってゆく。どうしてだろう。もうすべてが終わるのに、ちっとも苦しくなかったのは。 彼の夕陽色の目だけを最期までみていた。 - 遺された時間を数えた。どこにいたってそうだった。永遠を持て余すには、どうにも焦りすぎていた。そう望まれてここへ来たから。 「もう声は消えたよ、すべて。」 わかってる。 「じゃあ、どうして?」 悠久に立つ彼女が白を負って笑った。 今も残された時間を数えている。 【青空×日暮】 もしもの話をしていた。もしもと言っても小さな話ばかりをしていた。花を育てるならどんなのがいいだろう、昨日近道をしなければ中途で何に出逢えただろう、ありえないことなんてひとつもないこの世界で、私達はいったいどんな話をすれば楽しいのだろう。 「もしも明日本当に死ねるなら、今はどうやって過ごす?」 「海に行きたい」 「じゃあ、行こう、今から」 「いいね」 どうせ終わらないことを知っている永い夢の中を揺蕩うように、少しずつ擦り切れていく心を大切な日々へ溶かすように。 「もしも明日私が本当に死んじゃうならどうする?」 「うーん、泣いちゃうかもね」 「それがいいんだけどなあ」 笑うだけだね。今日もずっと。 【俊】 奪われた数なら数えることができた。瞼に浮かぶプラットホームはいつでも血と雨の匂いがする。咳き込むことができなかった僕はただふらふらとして失われていくものたちを見送った。生きているまでに心に巣食った夢のあと。 掴んだものなんてあったろうか。行く末を手繰る糸なんて。お前はきっとそんなの無いと答えるだろうね。奪われることのできるようなものさえ、はなから無かったと。 「やっぱりさ、僕が恵まれているって、本当なんだろうな」 今日も暖かな雨が降っている。夏になる。体が痛む。 終わりも紡げば糸になる。 傍らで猫が一声鳴いた。 ▲ ▼ [戻る] |