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見上げた空のパラドックス
   

 白いキャンバスの上に蹲っていた。花も咲かない春が終わってすべて凍てついた病室の片隅で、光のささない窓の向こうを遠く目にして笑っていた。
「描き終わったよ」ときみが言う。
「そっか」。それから「それでよかったのか」と、答えを知っていても問わずにいようとは思えなかった。開ける口のあるうちに言葉を重ねてゆかなければ繋ぎ止められない何かがあったはずだった。
 白いキャンバスの上に蹲っていた。花の散るまで描き続けたすべてが終わった日のことだった。

「いいわけないじゃん」
「うん」
「わからない」
「そうだろうな」
「そこにいる?」
「まだ」
「ほんとうに?」

 息をする。

「見て」

 もうどんな風も運ばない窓を開けた。眠ったままのきみの目が開かないことはわかっていた。それならぼくが描いたものはいったい何だったのだろう。それでも交わせる言葉があるのはどうしてなのだろう。

「見て」

 誰かが言う。あっけなくこたえを言う。

「目を開いて」

 冷やかな指先が紙を撫でた。白はあまねく光を含んで其れを無とした。

「ほんとうに描き終えたんだね」

 是、だけを説く言葉が無のうえを散った。蹲っていたことを嘲笑うかのようにただやさしかった。その目が透いたまま残るもののない小さな部屋のなかで確かにぼくを見た。どんな言葉よりも鮮烈に存在を繋ぎ止める視線だった。鏡にすらなれない澄み切った虚空とふたりでいた。

「ふざけるなよ」
「いやあ、真剣だって」
「何が残ってる?」
「何も残さないと決めたのはぼくだろう?」
「笑うなよ」
「きみが笑うなら、喜んで泣こうか」

 空白は取り留めもなくそこにいた。開かれた窓の外には興味さえないようで、ぼくの隣にずっといた。
 だからさあ。
 終わった春を描こうとした手は白ばかりを描き出すから、ぼくは最果てにいつまでも蹲っている。
 もう誰もいないさ。ここには。どこにも。だからぼくももういないのと同じだ。
 白いキャンバスの上に蹲っていた。ほんとうに蹲っていたのだろうか。悲しいと思った。すべてを描いて、描き続けてたどり着いたのがこんな終わりであったことが。悲しいと思えた、とすればそれは終わった後のことのはずだ。後? なんだろう、後には誰もいないのにな。じゃあこうして言葉を紡いだ今はいつ?

「なあ、見て。それが真実になるから」

 ――わからない。
 無いままの今を繰り返した。眠り続けるきみには、さて、何かが見えただろうか。ぼくにはたぶん見えなかったのだ。そうだといいな、この空虚が全てだなんてきっと騙るなよ。それでもわかることがひとつだけある。わからないけれど微かに揺らぐ残滓がある。この目で見たような気がしている。滅亡よりも創世よりもどんな言葉よりもただ視線を以て、また口にする。

「描き終わったよ」
「そっか」

「それでよかったのか」




2021年5月15日

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