見上げた空のパラドックス
手記5
彼は彼女のことばかり語る。
音楽が好きらしい。
彼女の音楽を、彼も愛している。
だから音楽には彼女の面影を思うのだと。
では彼の言う彼女の音楽とは何なのか。
それは聞けない。覚えていないだろうから。
だが察したようで、彼はふと遠い目をした。
「どうして俺だったんだろう」
悠久を巡るのが。
終末を見るのが。
真理を知るのが。
誰かを救うのが。
彼女を追うのが。
気づいたらそうなっていた。
ただ探し歩いて、お節介に衝動的に誰かの死を阻み、
面影に焦がれるまま無秩序の終末に青く光を灯した。
そうして誰かが彼を「救主」と呼んだ。
どうして。
わからない。
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