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見上げた空のパラドックス
0.2 -side Higure-

 言語系を封じてくれたのは優しさと言うのだろうか。
 言語系とは異能力を大きく分けたうちの一グループで、言葉を扱うことでなにやら現象を引き起こす力を総称する。言霊とも呼ばれる。楽に制御が効き、強さもたいがいが絶大。そのぶん使い手の身体への負担がかなりでかいらしく、異能者の中では少数派だ。大多数はというと、俺のように言葉を介さず念じて事象を操る。こちらを想念系と言って、特徴と言えば使い手の精神状態によって作用の規模が決まるから制御が効きにくいといったところか。二つをまとめて干渉系と言う。これは、ここに来て一番はじめに、干渉系ではない彼――今は俺のテスターをやってる――が教えてくれたことだ。俺はなにぶん異能力とかいうやつを特別なものと信じていたから、分類が必要なほど溢れかえっていると聞いてたいそう驚いた。俺達が実物の銃など目にする機会もなく平和に暮らしていた頃よりも、だいぶ未来らしい、ここは。聞くところによると、異能者はこの数十年で急激に増え、今も増え続けているとか。
 まあそんな事情は重要ではない。
 ただひとつ、深刻なのは、彼の能力が感知系であることだった。
 読んで字のごとく、感知系は他二つとあきらかに違い、事象の操作を得意とはせず、観測に特化した能力である。それも、普通の人間には観測しようもない超次元的且つ精神的なものを常に際限なく読み取っていると言うのだから恐ろしい。これは少数派なんて言葉には当てはまらない。とてつもなく、稀有な力だ。外国と繋がりの深いこの部署が世界に三人もいたら奇跡と豪語するのだから本当だ。人は感知系を神とさえ呼ぶ。
 その神を相手に戦うとは正気の沙汰ではないだろう。いや、マジで。潜む敵の戦意がまるっきり見えているような相手にどう勝てと?
 俺は一年前まで英語が苦手なただの中学生だったんですけど。
 今は喋れるけどさ。

「どうしろってーの! くそっ!」

 叫ぶ。そこにもう彼の姿はなかった。煙のようにかき消えてしまった。野次馬も気づけば静かになって、半数ほどがどこか知れぬ場所に罠を張りに出たようだった。
 いざ、戦場へ。間違えて誰か殺したらたまったものではないので、実弾は抜いて、訓練弾を仕込む。
 試験期間は最長三日間。72時間も過ごすとなれば当然、生理的に、食事睡眠排泄は避けられないことになる。しかし、どの瞬間も危険きわまりない。対策が要る。なるほど、無謀だが力試しとしては斬新な試験と言うわけか。
 ふざけんな。
 内心では悪態たらたらで、表面ではとりあえず無表情で、射撃場にひとつしかない出入口へ向かう。向かいながらまだ熱を持つ銃口に帽子を被せ、一見何もない入口に向かい、ゴム弾をどかんと撃ち込む。とたんに、見かけでは判断のつきにくいどろどろした黒っぽい液体が付近の通路に炸裂した。直前まで俺の頭に乗っていた帽子が絡め取られ、ぴたりと動きを止め、落ちる。銃弾の勢いで飛んだはずなのに。それならもしかするかと、今度はゴム弾のみを放つが、結果は同じ。飛ぶ最中で突如炸裂する液体に止められ、下に落ちる。

「こえー。誰だあれ」

 仕方ない。
 もう一度銃を構え、そのまま目を瞑り、なんなく引き金を引く。と、同時に、目蓋の外に強烈な熱と光を感じる。生じさせたのは他でもない俺だが、思わず袖で目を覆い蹲る。五秒待ち、光を消し去る。
 俺は能力使用時の身体への負担が少ない方らしい。
 特に疲れを感じない身体で立ち上がり、さらに撃ったが、今度は弾が止められることはなかった。それだけでは信用できないので上着を撃ち込んでみたが同じだった。
 今度こそ、上着と帽子を拾うため、足を進めた。液体は跡形もなかった。

「……失明してないことを祈ろう」

 ひとりごちて駆ける。
 幾重にも罠はあった。機転が利けば、光と焔と銃とナイフ、あとはその辺にあるものを使って切り抜けられる、そのくらいの難易度で。本当にゲームをしている心地になるも、ゲームとは違ってやり直しはきかず、休憩も許されない。
 ともあれ彼の居場所を知るのが先決で、俺は人を探した。誰も見かけなかった。ならば夕食時まで待って食堂に行けばいいだろうかと身を潜めていたら奇襲に遭った。相手は姿を見せないが、どこからやら飛んできた針が俺のすぐ隣に刺さった。麻酔銃の弾である。冗談じゃない。
 光をいじり、自身の身体を誰にも見えぬよう隠す。ようは透明人間になって、そのまま狙撃手のいそうな場所まで走った。
 案の定、その人は未だに窓際で麻酔銃を構えていて、俺はその首筋にナイフを当てて光を解く。

「こんにちは」

 その人は、驚き、しかしナイフを気にしてか動くことはない。ただなるほどと言った。それが君が幽霊なんて言われてる所以ってことか。

「冰准尉の居場所をご存じで?」

 返事はなく、その人は、面倒そうに違う話を持ち出した。上司より先に話を切り上げるわけにも行かず、俺は周囲を警戒しながら応じる。

「おまえ、海間日暮と言ったな」
「はい」
「人を殺したことがないとか」
「はい」
「……おれにはあるんだ。たくさん」
「……」
「負けるんじゃねえぞ」

 何を言われているのやらわからず沈黙した俺に構わず、その人は一瞬で振り返り、俺に銃を向け。俺が回避をするのを尻目に、開いた窓から外へ出ていく。
 ここ五階なんだけど。
 駆け寄り、下を見ると、こともなげに着地したうえで別棟の上階まで跳び上がっている後ろ姿があった。


2017年10月20日

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