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見上げた空のパラドックス
14 ―side Kei―

 足の下にはなにもない。高所が怖い人なら立ちすくんで動けやしないのだろうけれど、彼はそうでもないらしい。ただ不思議そうに一つ二つ足踏みして、その感触を確かめる。

「ガラス?」
「似てます。だから、私もそう呼んでますけど、違います。……周りの物質を変質させて、透明の固体を作る力らしいですけど……少なくとも、地球上の物質ではないそうで」
「強度は?」
「弾は、ほとんど防げません。刃物で破るのは……かなり大変ですけど」
「人を変質させられる?」
「はい。……動かさなければ、そのまま戻すのも可能です」
「便利だなあ。飛べるってだけですごいのにさ」
「あの。……あなたの力のこと、私、感知系としか、知らないんですけど……」
「そうくると思った。簡単だ。“見せたくないと思われていることほど、よく見える”」
「……すごく、いやな力ですね……」

 話しながら金桐町上空をさ迷うと、事件被害の痛ましさが手に取るようにわかった。中心部から外れにかけて徐々に焔は弱まる。土造りが多かったためか建物に被害は少なく、だからこそヒトだったろう炭がよく目立つ。たしかに冰の言った通り中央広場は悲惨だった。炭になっていない死体があればそいつが見たいという指示のもと飛び回り、見つけるのは骨の残骸やら変形した銃やらと、くだらないものばかり。徐々にうんざりしてきた頃、だいぶ町を離れた一角にようやく目当てのものを探し当てる。
 リュックを背負い、うつ伏せに倒れた一人の男だったもの。見た目は小綺麗で傷ついた形跡はなく、簡易ガスマスクが手元に転がっている。単純に毒のみで死に至ったらしい。彼はやけに真剣にそれらを見、「狂信者がいるな」と呟いたきり口を閉ざした。

「狂信者……って?」
「いるぞ、近くに。……せっかくだし拾っていくか」
「え、あの」

 毎度のことだけれど、もう少しわかりやすく言ってはくれないだろうか。
 ひとまず車の前まで飛んで戻る。数十分ぶりに外気に触れ、風の冷ややかさにうち震える。

「……雨だなあ」

 二人して空を仰ぐ。すばやい暗雲が迫ってきていた。金桐町が雨に浸されればどうなるかは予測がつく。それより一足先に調査できたのは幸運だったろう。
 彼が歩き出したとき、私はまだ空を見ていて、そして違和感に気がついた。もし視覚を同時に働かせていれば見落としたような些細なことだ。つまりそれは音だった。なんてことはない、土を踏みしめる足音が一回だけ耳に届いた。

「冰さん?」
「ん?」
「……足。どうか、したんですか?」

 彼が足音を立てる機会に、私は出逢ったことがなかったのだ。

「ああ、雨が近いと傷が痛むんだよ」

 あっけらかんと答えると、彼は私の追及を遮るように車へ乗り込んでしまった。私はそれを追及するかどうか少し悩んで、次にまた機会があればと決めて彼に続く。
 走り出してすぐに雨が降りだした。土がぬかるむとクレーターにタイヤをとられる危険性が高まるため、車は慎重に徐行させることになる。雨足は強まるばかりで、どこへ行くやら知れないけれどもずいぶんかかりそうだった。

「圭、雨でも戦えるか?」

 ハルパーを握りしめて窓を眺めていると、ふいに彼の声がかかった。見やれば、ミラー越しに目が合う。

「呼び方……」
「だめ?」
「……。戦うって、相手は?」
「男性五人。武装はいろいろ。……金桐町の事件を起こそうとしたやつらの生き残りだ」

 淡々と告げ、ハンドルを切る彼。
 ……それ、かなりきついんじゃないかと思いますけど。

「生き残り……大半は死んだ、ということ……ですよね」
「自分達で持ち込んだ毒でね。あほくさいよなあ」
「……何故、事件を?」
「それはやつらに直接聞くよ」

 クレーターに雨水が流れ込み、小さく黒い池を無数に形作る。その合間を縫うようにして進み、やがて停車した。目前、と言うよりはだいぶ遠くにテントの群れが見えていた。私は髪を上着の中に仕舞ってフードを被り、銃の安全装置を外しておく。

「生かして捕ってきてくれ。極力全員、だめならひとりで構わない」
「了解」

 なにせ果てしない枯野、車は死守だ。タイヤを撃たれでもしたらひとたまりもない。だから、敵の近くまではどうしても行けないし、車を守る人員は残しておかなければならない。つまり、この雨の中、対峙は私ひとりに任されている。
 ハルパーを背に、降車し、雨に打たれる。
 

2017年5月25日 11月27日

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