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見上げた空のパラドックス
10 ―side Kei―

「それでどうしてこうなるんですか」

 うん、まあ、テンプレなのかもしれないですけども。大いに不満です。
 灰野から下された指示は至極単純、冰の監視下に置かれて過ごせ、というものである。つまりはあれだ、冰と宿舎で同室ということになる。最悪だ。
 しかし、Γでは質素で窮屈な二段ベッドしかなかった部屋が、Αときたら素晴らしく豪勢になっていた。豪勢といっても普通のシングルベッドが二つと小さな机と椅子があるだけだけれど、この時世ではかなり贅沢な方だと断言しよう。国軍の待遇だってこんなにベッドはふかふかしていない。そう、生活水準においてはこの待遇に文句などないのだ。感謝しかない。それだけならいいのだ。それがまたどうして男女が同室などという事態になる。最悪だ。銃を抱いて寝よう。

「まあ、君がどうあれ、僕的には大歓迎だ。寝込み襲われたら、そのまま犯してやるから」
「……そのときは、問答無用で殺しますから」
「できるもんならやってみてくれ」

 苦手な人に四六時中付きまとわれるとは憂鬱である。いや、高瀬さんも苦手ではありましたけど、冰はまたベクトルが違う。

「そんなに嫌かあ?」
「いやです。……苦手、ですから。冰さん」
「呼び方。千年でいい」
「いやです。親しくないですから」
「一応親しかったんだけどなあ〜」
「誰と?」
「君とさ」
「……馬鹿にしていますか?」
「うん、ちょっとは馬鹿にしてるつもりだが」

 真顔で言われても困ります。
 意味不明、と表情であらわし、私は気を紛らそうと髪留めを解く。その様子を、彼はなんともなしに眺めている。
 茶色の目に射抜かれ、居心地の悪さにうつむく。

「安心してくれ。僕は、簡単に死ぬつもりも、簡単に殺すつもりもない。特に君は。プロトタイプは大事にするよ」
「……いつか殺してやる」
「おー怖い」

 さっぱりとした掴み所のない口調のまま紡がれた言葉に、初めて彼の真意が見えた気がした。かすかな諦感と憎悪の同居した目をしていた。それでいてただ私を見ていた。彼は私の何かを知っているのだ。たぶん、とても切実で深刻な何かを。
 一方的に知られているのも状況が不利だから、試しに聞いてみることにする。

「なぜ、裏切るんですか。冰さん」
「呼び方」
「……千年さん」
「うん。たくさん殺すためだ」
「異能者を?」
「人類を、だ」
「……」
「青臭いと思ったでしょ。でも僕は重々マジだよ。死に瀕した人間は嘘をつかない」

 言い放つと、腰掛けていたベッドに倒れ込み、ぼんやりとした真顔で、なお彼はこちらを見る。

「君も殺せるといいんだけどね」
「……さっきと、言ってること、逆ですよ」
「だって君おかしいぞ。スパイを差し引いても、ずーっと嘘をついてるでしょ。ちょっと素になる瞬間っていうのが全然ない。それは人として異常だ」

 嘘にやたらとこだわる彼の言い分がひっかかって、私は一度口を閉ざした。

「あの、……聞き忘れていました。あなたの、力は?」
「その質問は大っ嫌いだ。……Sだよ。僕には、真実しか見えない」

 血を吐くように答えて、彼は目を閉じた。
 やっぱりそうなのか、と驚きと納得の入り交じった心地で、どことなく青いその顔を見る。感知系は能力のオンオフが効きにくいというから、相当に疲れやすいのか、すぐに浅い寝息が聞こえ始める。あまりの無防備さに殺そうかと思案してしまうも、いや、彼は欠片も躊躇なく先程の有言実行をする質であろうからと、今はよしておこうと結論付ける。
 とりあえず、今のうちに着替えておくこととしよう。


2017年2月8日 11月19日

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