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見上げた空のパラドックス
9 ―side Kei―

 冰千年はファリア発足当時、約一年前からΑに属する古株で、作戦にもよるけれどほぼ隊長の立場であり、とうぜん組織長・灰野とも近しい間柄である。私が彼をここでしか知らないということは彼は一課の人間で、灰野のことは潜入前から既に知っていた可能性が高い。その灰野を探ることを目的として私が配属されたのが二ヶ月前。
 そう考えると色々とおかしいことがあった。一年もひとりの諜報員で事足りていたのが、突然に二課から私を潜入させた意味がわからない。冰が仕事をしなくなったのか。あるいは上層部が本格的にプロトタイプの出来を試しにかかっているのか。前者ならば冰を質さねばならないということだし、後者ならば冰と成果を比べられているということ。まだ他にも可能性は考えられる。冰と灰野がもとより親しいために(情報の精度はそのほうが上がるのだろうけれど)、信用ならず、監視を置くことにした、とか。どれにしても冰が私に接触を図り、銃を撃たせた理由は思い付きにくい。
 考えながらに眠ったその翌日、案の定、灰野から呼び出しがあった。むろん、案件は昨日の射撃場での出来事である。私は、ここへ入隊するとき受けた試験でも、銃の扱いは不得手と騙っていたため、それについての言及を覚悟した。
 質素な仕事部屋に入室するなり、挨拶もなく鋭い声が飛ぶ。

「残念だったな、プロトタイプ」
「……その呼び方は、やめてくださいますか。私は久本圭です」

 一気に可能性が絞られ、私は表面的には動揺せず、内心では途方に暮れた。探るべき敵である灰野が私を特諜の出だと知っているということは、冰が裏切っている線で間違いない。これだけははっきりした。私は彼とほぼ敵対している。
 しかし、間違いなくただ者ではない。
 動くには、まだ、私は何も知らなさすぎる。

「灰野。なぜ、……知っているんですか。一課に、二課の情報は渡らないはずです」
「冰がな。そういう力だからだ」

 仮にも殲滅派組織の長が、異能をあまりにあっさりと明かす。その行為に、私はまず驚く。
 何十年も前から、日本を含めた世界の主要な国の多くは、異能者に関して擁護派と殲滅派に別れ、ずっと争っている。といっても誰が敵か味方かなどそう易々わかりはしないから、異能に関しては滅多なことでは言葉にしない。それはたとえ擁護派であろうと暗黙のルールだ。
 それは数十年前に北アジアのあたりで勃発した小規模テロから始まり、紛争となり、それが大きなニュースとなって、さらにテロリストに共感した輩が徐々に世界中で暴れだしたことが直接の原因となるだろうか。日本は最初の数年は他人事のように平和で近代的な生活を嗜んでいたというが、ついには東京でテロ行為があり、殲滅派の声が大きくなっていって。国際化によりテロリストらの武装は容易であって、警察では彼らを抑えきれなくなってしまった。国民は戦乱の世を悟り、軍を作ると言い出した政府に三割が賛同。七割は反対したけれども致し方なく強制可決。内戦が始まる。こうした動きは他国にもままあって。いつの間にか爆撃機は国境を超えた。
 その状況に追い討ちをかけるがごとく、自然災害、異常気象、天変地異の類が突然に世界中を襲った。理屈はわからないけれど、それらが起きる度に異能者は爆発的に増えるのだ。殲滅派なのに異能を発現してしまい、自決する者、擁護派に移る者。擁護派だけれど異能の暴走による被害に逢い、殲滅派に移る者。なにもかも入り乱れた。
 その結果、異能についてを口にしてはならないという全世界共通のルールが生まれた。
 隠しきれなかった者は処刑されるか売買される。売られた先ではやはり殺される。
 ここでも、それは例外でないと思うのだけど。

「なにをそう驚くんだ」
「……貴方は……。本当に、殲滅派ですか?」

 異能を忌み嫌う意思。この世界に蔓延るそれを、灰野は持っていないような気がしたのだ。わざわざ擁護派である国軍から逃亡し、大金を積んで殲滅派組織を立ち上げたにもかかわらず。

「そのつもりだ」
「……嘘、ですね?」
「なぜそう思う」
「“貴方の感情が、まったく揺れていないから”、です」

 灰野が押し黙り、一瞬だけ、表情がかげった。
 かすかな感傷に似たものが私の胸を通りすぎる。

「……話を変えようか」

 それで答えはじゅうぶんすぎた。だから余計な深追いはしない。ただ身構える。

「なぜ腕を隠していた?」
「……銃器での戦闘が、嫌だから、です」
「ああ、それはたしかに真実らしい。他に理由は?」
「ありません」

 真実です。
 本当の本当に、スパイとして理想的な目立たない一介の戦闘員たろうとするならば、銃器で戦うべきなのはわかっていた。銃器が扱えて近接はそこそこくらいがベスト。しかし、私は鎌剣だけは譲ることができなかったのだ。鎌剣に執着する理由? それは、私にもよくわからない。この19年の人生を経て気がつけば執着していた。それだけのことだ。

「……いいだろう。銃器戦闘は避けさせてやる」
「え?」
「特諜には何も言うな。冰を監視につける。細かいことはやつに聞け」
「……何のために……、私を生かすのですか」
「“殺したくないから”だ」

 その理由を聞いているのですけど。
 埒があかなくなりそうなので、一礼し、私は部屋を後にする。


2017年2月8日 11月18日

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