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見上げた空のパラドックス
7 ―side Kei―

 なんの脈絡もないのだけど、彼が言うにはとにかく銃を撃ってみろとのことで、私は夜の射撃場に引っ張り込まれていた。いくらかの熱心な戦闘員がまだ残っていた射撃場は、Γ員という異質が紛れ込んだことに興味かあるいは嫌悪感を抱いたのか、少数が去り、半数が撃つ手を止めるか鈍らせて私の様子を窺い、残りがお構い無く射撃を続けている。
 オートマチックなんてここに来る前以来だ。いつも一応携帯しているのは使う機会の少なさを見込んでシングルだし、かなり久々に持つ重量に、こればかりは嘘偽りなく尻込みしていた。

「まあ撃ってみて、とりあえず」
「な、なぜですか……。私、ご存じの通り、Γですから。うまくないですよ」
「うん、僕はそういうの許さないからさ」
「……わかりました、……どうぞ、笑ってください」

 冰は終始曖昧な薄い笑みを浮かべて、私にどうしても撃つよう促してくる。
 仕方がない、と諦め、渋々、安全装置を外して銃身を持ち上げる。下手であるという演技をしなければならない以上、姿勢はたいして整えず、意識の集中も甘いままにハンマーを叩く。直前までは的をしっかり狙い、射撃する瞬間になって意識を逸らす。サプレッサー付きの小銃からは轟音は響かず、的には遠い着弾だけが私の演技の成功を知らせた。後で色々な人からさんざん笑われる気がするけれど、もう周囲の目なんて気にしていられません。
 外したことを確認して、銃身を下げ、振り返る。彼は満足げにして宣う。

「へえ。巧いんだ」
「……それは、……ないかと」

 どこが? と突っ込みたいのはこらえた。

「嘘をつくのが巧い」
「……はぁ」

 はたして、彼は私をこうして煽りたいだけなのか。それであれば過剰な反応は禁物です。ただ、しつこい彼に呆れたというふうに息をつき、私は彼に銃を返すべく差し出す。受け取ってはくれない。

「別にここでど真ん中当てたって、灰野は君をΑにしてくれるだけだと思うが。疑うよりもぼろが出るまでは使い尽くすほうがいいでしょ」
「もし仮に、撃てても、です。私、銃は……好きではないですから」

 本心だった。いや、どちらかというと、鎌剣を扱うのが好きだからやめたくない、といったほうが正しい。
 彼はなにやら意外だといった顔をしてから、目を細め、変わらない口調で、ふうん、と返した。

「圭ちゃんはこだわりが強いわけだ」
「あの、呼び方……」
「呼び捨てがよかった?」
「苗字、は駄目なんですか……」
「普通きょうだいは名前で呼び分けるでしょうよ」
「っ……」

 当たり前のように告がれた言葉に、思わず手に持つ小銃を彼に突きつけそうになる。いいや感情的になるべきではないと自らをなだめるうち、私の睨む視線は相当に強まったらしい。彼は気圧されたように身を引いて笑った。それが答えだった。
 まったく、嘘をつくのが巧いのは彼の方だ。知っているなら知っていると言えばいいものを、あくまでも灰野の予測でしかないと騙っていた。弟の話を出した以上、もちろん私が彼の言う通り国軍に属していることもとうに承知の上どころか、最初から知っていたと考えるべきだ。彼は私を“プロトタイプ”と呼んだのだから。
 外部の者にはけっして知り得ないことを知っていて――つまり同士であるはずの特諜の人間が、何故こんな真似をする。私を試すためなのか。しかし、それにしては個人的な部分にやたらと踏み入ってくる気もする。なにが目的だろう。私が銃を扱えることをここで露呈させていったい何がしたい。

「お聞きします。……ご出身は、埼玉ですか?」

 あいまいな問い方だがつまりは、おまえは特諜の人間か、という確認だ。特諜本部が埼玉にあることによる。

「うん」
「……はあ……わかりました、いいでしょう」

 いいですよ、不審な同志擬き。敢えて乗せられてみるのだって諜報の基本だ。私は貴方がそうする目的を知らなければならない。
 身体をくるりと半回転。改めて安全装置を外しながら銃身をを左手で支え、的を見。それから気の抜ける小さな発砲音がいくつかした。反動を全身で床へ逃がしながらに見やれば、簡易的に人を模された的の心臓と眉間の位置にしかと弾痕が刻まれている。我ながら完璧の出来だ。しばらく撃っていないのだけど、腕が鈍ってはいなかった。
 ちらちらと私達の様子を窺っていた何人かが、その顔に驚愕や疑念をかたどった。いけない。結構目立つことをしてしまった、と焦ってもとっくに遅い。ごめんなさい、私の薄っぺらい忠誠のもと日本国軍のみなさん。昔も今もこれからも常に建前上忠実であろうとは思いますが、ほんのわずかのこの失態はどうぞお咎めください。
 彼は初めて困ったように顔を歪めた。しかしそれも一瞬で、曖昧な笑みはすぐに戻ってくる。

「これで……満足ですか?」
「睨むなよ。怖い怖い。次の任務が憂鬱だなあ。ほら、銃返して」

 小銃を手渡し、私は彼を置いて小走りで訓練場をあとにする。いたたまれなかったし、他人が見ている場では互いになんの行動も起こせまい。急いて宿舎へ向かい、自室への木戸をくぐる。近くの壁に立て掛けられた鎌剣の束を、強く握り締めた。


2017年2月8日 11月17日

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