淡く綺麗な思い出話 オレが優里亜を好きになったきっかけなんて、本当にちっぽけなものだった。 あいつは、うちのすぐ近くに住んでたけど、話したことは一度もなかった。あったとしても、たまに挨拶を交わすくらいで。 初めて同じクラスになったのは、小学二年生の時だ。あまり人と関わるのが得意じゃなかったのか、いつも優里亜は自分の席で本を読んでいた。今からは想像もつかないくらい笑顔も口数も少なくて、目立たないやつだった。 友達がいっぱいいて、楽しいことがいっぱいあって、むしろ笑ってない時の方が珍しかったオレには、そんな優里亜が不思議でならなかった。どうして笑わないんだろう、なんてお節介なことを考えたりもして。 そして進級してから一ヶ月ほど経った頃、オレと優里亜の本当の出会いの日が訪れた。 オレは体力をつけるために町内を走っている途中で転び、足や手に擦り傷を作ってしまった。近所の空き地で、傷の具合を確認しようと地面に腰をおろしていたら――偶然、あいつが通り掛かったのだ。 「……どうしたの?」 か細くて小さな優里亜の声は、空き地の入口の辺りから聞こえた。 おつかいの帰りだったのか、食材を入れた買い物袋を持ち、立ち止まってじっとこっちを見ている。その視線がオレの怪我に移った時、優里亜は驚いたように目を見開いた。 どさりと買い物袋が落ちる音がして、気付いたらもうすぐ近くに優里亜が駆け寄ってきていた。そして、予想外の行動で呆気にとられているオレの前にしゃがみ込んだ。 「転んだの?」 「ん?あ、ああ。ちょっとな」 「わたし、しょうどくえきとばんそうこう持ってるから、けがしてるところ、見せて」 そこからの優里亜は早かった。無駄なく、てきぱきと作業が進められる。だけど何処か必死な様子がなんだか可愛くて、オレは手当てが終わるまでずっと優里亜を見つめていた。 まともに話したことがないオレのために、顔色を変えて手当てをしてくれるなんて、凄いなって思った。 「……はい、これでたぶん大丈夫だよ」 「お、すげー!ありがとな!」 「え、あの、わたし、とくべつなことは、してないから……」 もごもごと恥ずかしげに口を動かす優里亜。これでオレは、ぴんときた。この子は自分に自信がないんだ。自分なんて、って考えてる。だから積極的に友達の輪に入れなくて、いつも一人ぼっちだったんだ。 こんなに優しくて可愛いやつなのに、もったいない。謙遜なんて、することないのに。 「なぁ、春日。今、とくべつなことはしてないって言ったけどさ、オレは春日にケガ治してもらって、嬉しかったからありがとうって言ったんだ」 「……う、うん」 「だからさ、ありがとうって言われたら、どういたしまして、って返さねぇ?春日はいいことしたんだし、今のはじゅうぶん、オレにとって『とくべつなこと』だったぜ?」 オレが笑うと、目をぱちくりさせていた優里亜がつられたように笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、ああ、今日ここにいて良かった、って偶然に感謝した。 だって、もしこうして偶然が重ならなかったら、オレは優里亜の良い所を一つも知らずに過ごしていたかも知れない。 「じゃあもう一回な。サンキュー、春日!」 「えっと……どういたしまして!」 ちょっと照れちゃうなぁ、と頬を染める優里亜に手を伸ばして、オレは握手を求めた。 「オレたち、ともだちになろうぜ。オレ、もっと春日のこと知りたい!」 「山本くん……」 初めて呼ばれた名前は、なんだかくすぐったくて。少し間を置いて握り返された手の平から、一気に体が熱くなるのを感じた。 「よろしくな!」 「よ、よろしく、ね?」 「……なぁ、これからは春日じゃなくて、優里亜って呼んでいいか?ともだち、だしさ」 「うん、もちろん!わ、わたしも……武くんって呼ばせてもらっていい?」 「おう!」 ――オレが優里亜を好きになったきっかけなんて、本当にちっぽけなものだった。 優しくされて、笑顔を見て。ただそれだけだった。 だけど重要なのは、その『好き』がどれだけ、どうやって大きくなるかってことだろう? 淡く綺麗な思い出話 なぁ。この気持ちを伝えたら、オレと君の距離は近くなるのかな。その答えが分かっているから、オレは、たった二文字の言葉を言えないでいる。 09.02.08 |