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もう一人の患者さん



「し、失礼します。この病室に、沢田綱吉君はいらっしゃいますか?」



そっと中に足を踏み入れて尋ねると、入口から二つ目のベッドに沢田君が寝ていた。私を見て、彼は上半身を起こし、驚いた声をあげる。



「優里亜ちゃん!どうしたの!?」



病室内には他にもベッドがあるけど、今ここにいるのは沢田君だけ。検査か何かで皆、出払っているんだろう。

私は一瞬、冷静にそんなことを考えたが、すぐに忘れて沢田君に駆け寄った。腕や足にたくさん巻かれた包帯。それが凄く痛々しくて、自然と眉が下がった。



「沢田君……!ご、ごめんなさい!この大怪我、雲雀先輩のせいなんだよね?」

「え、あ、えっと……うん、まあ、八割くらいは……」

「ごめんなさい!私がもっと早く来て先輩を止められたら、こんなことには……」

「そんな!優里亜ちゃんが謝ることじゃないし!それに元はといえば、ヒバリさんが寝てる時に音を立てたオレにも責任があるから!」

「寝てる時に、音?」

「あ、うん。なんか、暇だからそういうゲームをしてるって……」



何、それ。
ということはつまり、沢田君以外にも先輩のゲームで怪我をした人がいるかも知れなくて……いや、それ以上に心配なのは。



「先輩……病人なんだから大人しく寝てて下さいって言ってるのに……!」



被害者の人が可哀相だとか、病院の人達は止めなかったのだろうかとか、色々思う部分はあるけれど、雲雀先輩だってまだ退院出来ないような状態だ。


いくら昼間は調子が良くても、夜は咳が酷くなるって知ってる。私がいない時、苦しそうに息をしていることだって。私を気遣って、なるべく普段通りに振る舞おうとしてくれてるみたいだけど、病室に入る直前、閉じたドアの中から聞こえるんだ。
部屋に入ると途端に強気でわがままな彼に戻って、無理をして咳を止めて……そんな様子を見ていると、胸が苦しくて仕方なくなる。


私はそんなに頼りないのかな。弱い所を見せたくないほど、先輩にとって私は他人ってことなのかな。

そんなの、嫌、だな。

ぼーっと一人で考えに耽ってしまった私に、沢田君が首を傾げている。それに気付いて、私は慌てて話を元に戻した。



「本当にごめんね、沢田君……。でも雲雀先輩は優しい所もあるから、嫌いにならないであげてね?」

「や、優しい所?」

「うん。何日か前、かな。私が落ち込んでたら、慰めてくれたの」

「えぇー!?あのヒバリさんがーっ!?そ、想像出来ない……」



確かに、頭を撫でられたのにはびっくりした。普段はあまりしない、ふわりと優しい笑みも……思い出すだけで、何故か顔が熱くなる。



「ちょっと乱暴で我が儘だけど、そういう優しい所もあるのは事実だから、それを知っておいてほしくて」



沢田君は良い人だから、きっと分かってくれるはず。先輩が誤解されたままなのは嫌だ。

そう熱心に思いすぎたせいか、いつの間にか話が大きく逸れていたことに気がついた。



「あ、ご、ごめんね!謝りに来たはずなのに、いつの間にか違う話になってて」

「いや、全然大丈夫だよ!むしろこうやって普通に話が出来る人がいると、凄く嬉しいっていうか……」

「隣の患者さんとは、仲良くないの?」

「……まあ、その、色々と」

「?」



諦めの混ざった苦笑いをして、沢田君が視線を落とす。……隣の患者さんと、何かあったのだろうか。沢田君は苦労人だから、ちょっと心配。

ふと時計を見ると、ここに来てからもう十数分が経っていた。実は先程、ジュースを買うと言って先輩の部屋を出た時に、看護士さんが沢田君のことを話しているのを聞いて、そのまま彼に会いに来てしまったのだ。だから先輩は、私が帰らないのを変に思っているかも知れない。

慌ててガタッと立ち上がった私を、沢田君が不思議そうに見つめる。



「私、そろそろ行かないと!あんまり遅くなると、先輩に怒られちゃう」

「あ、そっか。優里亜ちゃん、お見舞いに来てくれてありがとう!楽しかったよ」

「ううん。こっちこそ、ありがとう。また来るね!」



そう言って、私は沢田君の病室を後にした。



・・・・・・・



病院内は走っちゃダメだから、気持ちは急くけど、ゆっくりと廊下を歩く。手には、さっき買った缶コーヒーとココア。
先輩の機嫌、悪くないといいな、なんて淡い願いを抱きながら、恐る恐る病室のドアを開けた。でも案の定、彼の眉間には深い皺。



「遅い。今まで何処にいたの。飲み物を買うのに何十分もかかるなんて、子供でも有り得ないよ」

「ご、ごめんなさい……」



相変わらず容赦のない台詞に、私はがくんと肩を落とした。
……優しいところも、あるんだけどなぁ。





もう一人の患者さん



09.06.06


あきゅろす。
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