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まるで親と子のような



頬にキスなんて、外人さんにしてみれば挨拶みたいなものなんだろうけど、私にとっては衝撃的だった。あれから数時間経ったのに、まだ顔の熱が引かない。ディーノさんの笑顔も、ずっと目に焼き付いたままだ。
……どうしちゃったんだろう、私。


ぐるぐる考えながら、ソファーに座ってテレビを眺める。先輩の家のソファーは、本当にふかふかで気持ちいい。

ご飯を食べた後はいつも、少しのんびりしてから先輩に送ってもらっている。それは雲雀先輩から言い出したことで(先輩曰く、並中の生徒が襲われたら風紀が乱れる、らしい)、この前の獄寺君のこともあり、やっぱり男の人はこういうことを普通にするんだなぁと改めて思う。私を送ったら、今度は雲雀先輩が一人で帰らないといけないんだから、結局襲われる危険があることに変わりはないと思うんだけど。


そろそろ帰ろうかと先輩を見たら、なんとなくその姿に違和感を覚えた。
いつもなら、本を読んだり風紀の仕事をしたりするはずなのに、ぼーっと椅子に座ったまま動かない。そういえば、今日はいつにも増して口数が少なかった。



「……雲雀先輩?」



声を掛けても無反応。流石におかしい。先輩は、人を無視したりしないはずだ。
もう一度名前を呼ぶと、ようやく気がついたのか、ゆっくりこちらに目を向けた。



「何?……ああ、帰るのかい」

「は、はい」



立ち上がる時も、なんだかちょっぴりふらふらしてて。
具合が悪いのかと思い、大丈夫ですか、と尋ねても素っ気ない答えしか返ってこない。



「あの、私は一人で帰れますから、早めにお布団に入って休んで下さい」

「平気だよ」

「でも……」



頑として大丈夫だと言い張る先輩が、椅子の背に掛けてあった学ランへ手を伸ばした。

その時だった。



雲雀先輩の体が、傾く。
全てがスローモーションに見えた。先輩が床に倒れる大きな音で、意識を引き戻される。



「雲雀先輩っ!」



それからは考えるより先に体が動いていた。
駆け寄って、荒い息を繰り返す先輩の額を触る。予想よりも遥かに熱かったそれに、余計不安が募る。


私はパニックに陥っていた。こういう時って、どうすればいいの?こんなことをしてる間にも先輩は苦しんでいるのに、私はただオロオロするばかりで、何も出来ない。どうしよう、どうしよう。



「そうだ、救急車!」



私なんかが適当な治療をするよりも、当然そっちの方が効果的だ。ちょうどリビングには電話がある。震える手で119とボタンを押し、半分泣いてしまいそうになりながら、必死で先輩の様子を伝えた。
早く、早くと、気ばかりが焦ってしょうがなかった。



・・・・・・・



「ん……」



眩しい。最初にそう思った。瞼を擦りながら、まだ寝ぼけている頭で考える。

ここは何処だろう。
壁、カーテン、シーツ。全てが清潔そうな白で統一されている。そして視線を左にやると、雲雀先輩が寝息を立てていた。



「……ああ、そっか」



ここは病院だ。しかも、先輩用の個室。

あれから救急車で運ばれた雲雀先輩は、お医者さんに入院するよう言われ、この部屋に入った。心配で堪らなかった私は、ずっと先輩のベッドの横に座っていたけれど、途中で睡魔に負けて眠っちゃったんだ。

外はもう明るい。時計を確認すると、短針が九を回っていた。つまり、先輩がここに来てから、半日は経っているということ。でも一向に目を覚ます気配のない先輩を見て、また胸が締め付けられる。


私が、もっと早く気がついていれば。考え事なんてせず、先輩をちゃんと見ていれば。後悔ばかりが押し寄せる。
だけど同時に、無理をして普通を装っていた先輩にも怒りを覚えた。具合が悪いなら、どうして言ってくれなかったのだろう。倒れて入院なんてする前に、助けてあげられたかも知れないのに。


先輩が倒れた時のことを思い出して、つい涙腺が緩む。すん、と小さく鼻を啜ったのとほぼ同じタイミングで、雲雀先輩の体が動いた。



「……先輩?」



ゆっくり、瞼が持ち上げられる。まだ熱があるせいか、その目は少しとろんとしている。
雲雀先輩は怠そうに、上半身だけを起き上がらせた。



「……ここは?」

「病院です」



その一言で、彼は全てを理解したようだった。つまり以前にも何度か、同じようなことがあったというわけで。
先輩、実は病気になりやすいのかな?


ふと、先輩の視線が私の頬に向けられているのに気がついた。頭に疑問符を浮かべながらそこを触ってみると、どうやら寝ている間についたらしい、シーツの跡がうっすらと残っていた。は、恥ずかしい。隠すように、頬を手で覆う。



「……ずっとそこにいたの?」



はい、と言う代わりに、目元の涙を拭いながら、こくこくと頷いた。泣き止みたいのに、それはなかなか止まってくれない。
深呼吸をしたら少しだけマシになったから、さっき疑問に思ったことを尋ねてみる。



「先輩、体が弱いんですか?」

「いや、風邪はあまりひかないけど、引いたら長くてね。この病院には、たまに世話になってるよ」

「……それじゃあ、風邪を引いたと思ったら、すぐに休んで下さい。今回みたいに、無理したりしないで」



治るのが遅い理由はきっと、すぐに大事をとらないからだ。彼の高い高いプライドが、僕が風邪なんかに負けるわけがない、という考えを引き起こしているのだと思う。

心配する方の身にもなって下さい、と少し眉間に皺を寄せて、俯きながら言う。返事はなく、一瞬の静寂の後、先輩が小首を傾げた。



「機嫌悪い?」

「……少し」



無理をして倒れてしまった先輩と、情けない自分に対する苛立ち。不機嫌というより落ち込んでいると言った方が正しい。
だけど、彼にそんなことは関係ないのだろう。



「泣いたり怒ったり、君は本当に忙しいね」



咳を数回して、感心とも呆れとも取れるような言い方をする。
少し声がかすれてはいるけど、いつもと変わらないぶっきらぼうな言葉に改めて安堵した。苦しそうな先輩は見ていて本当に辛かったから、こうやって普通に話していることですら特別なように感じた。

でも絶対、反省はしてない。
この様子なら、またいつか倒れるかも。大きな溜め息を一つついて、今度はそうなる前に私が気付いてあげようと心に決めた。





まるで親と子のような



09.05.10


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